◆実家の茶の間 点描◆
2023年10月10日
―9年間の実績、驚きの数字並ぶ
利用者4万5千人、バザー・寄付350万円―
<9年の到達点を数字で示そう>
新潟市の地域包括ケア推進モデルハウス「実家の茶の間・紫竹」の運営9周年の記念日が近づいてきた。実家の茶の間運営委員会代表の河田珪子さんら河田チームは、先月上旬から9周年をどう迎えるかを何度か話し合い、方向を決めた。それは「これまで9年間の活動を自己点検・自己評価し、9周年の到達点をできるだけ数字で確認してみよう」というものだった。
写真=9年間のデータを整理する作業のグループ分けをする河田チーム
「協働事業者」の新潟市から何を託され、それがどこまで実現できたのか。あるいは、協働事業を超えて河田チームが何に挑み、それはどこまで進められたのか、それぞれの到達点を9周年の節目に数字で整理しておこうというものだ。これは、毎回の運営日の参加者・昼食を召しあがった方をはじめ、自治会や老人クラブなど地域の方の利用状況、労力奉仕を含めた寄付の状況などをきめ細かく記録し、ノートに付けてきた河田チームでなければできない作業だ。
協働事業者の一方のリーダー、中原八一・新潟市長からは実家の茶の間について、「地域包括ケアを推進するモデルハウスとして10周年(2024年10月)までご苦労をお願いしたい」と昨年12月に改めて要請されていた。それと同時に、「10年の活動の総括」も河田さんらの宿題となっている。「実家の茶の間の活動から何を残し、何を次につなげていくか」―これを10周年には総括する必要がある。そのためにも、9周年は実家の茶の間が何を目指し、どこまで到達しているのかを確認しておく作業が必要と考えてのものだった。「9年間の活動をできるだけ見やすく、分かりやすく、数字で示すようにしよう」と河田チームは動きを速めていた。
<みんなで基礎資料集め>
実家の茶の間の運営日ではない火曜日の10月3日、河田チームの主要メンバー10数人が茶の間に集まっていた。9周年のお祝いの日は、中原市長の日程に合わせて10月16日と決まり、いよいよ本格作業を進めるための集まりだった。まずは9年の活動の基礎資料を手分けして整理することとし、グループづくりが始まった。①実家の茶の間の9年間の参加延べ人数・参加費・食事代など、最も基礎的な数字をまとめるグループ②協働事業者の新潟市との役割分担など土台部分の書き出し③実家の茶の間の活動の一方の〝核〟とも言うべき「茶の間の学校」「助け合いの学校」「生活支援コーディネーター研修」の回数や参加者④新潟市と包括連携協定を結んだ公益財団法人・さわやか福祉財団との関係と、同財団メンバーも参加して続けてきた「戦略会議」の展開⑤実家の茶の間で実施された保健師さんや作業療法士さんによる健康診断や介護福祉士さんの介護相談、その他行政相談・避難訓練など⑥実家の茶の間の運営を賛助会費・寄付・労力奉仕などで支えてくれた方たちのデータ⑦実家の茶の間の活動で繋がった小学校・こども園、自治会・老人クラブ・子供会・踊りの会などの利用状況―などが挙げられた。項目の多さに、河田チームメンバーも改めて実家の茶の間の活動の幅広さを実感する役割分担会議となった。
<超スピードで9周年準備>
それからの河田チームの作業は、いつもの周年事業準備を上回る超特急での動きとなった。翌4日(水)の運営日には、実家の茶の間の参加者に9周年のメイン事業について、内容と段取りを報告すると共に、グループごとに基礎資料のデータ整理がエネルギッシュに始まっていた。一方、茶の間の参加者の皆さんはいつもの周年事業でやってきたように、お祝いの記念品の熨斗紙への筆書きに余念がない。9日には130箱の記念品の準備が終わっていた。
写真(左)=積み上げられた記念品のマスク (右)=1個1個、熨斗紙には「祝9周年」と参加者の筆書きがあった
データを収集するメイン展示チームの方は、9日になると基礎データの整理作業はほぼ終わっていた。9年間の活動内容・数字を模造紙に書き出し、「9周年を迎えて!」とタイトルの書かれた大きな台紙に貼り付ける作業に入っていた。「ほんに大変らんさ、運営日以外も休みなしだわね、私たち」と愚痴を漏らしつつも、手の動きは止まらない。各自ができることを明るく、精力的にやっていくのが河田チームのスタイルだ。みんなで手分けして集めたデータをデザイン力のある高見久美子さんが綺麗な字で書き取り、ベテランの桑原洋子さんらが河田さんと相談して形を整えていく。
写真(左)=大きな台紙に貼り付け作業をする高見さん(右)と桑原さん
(右)=河田さん(中央)と桑原さんが台紙を前に相談
<運営日平均で50人弱が参加>
手分けして集めたデータを記者も見せてもらった。9年間に積み上げたデータは驚くべきものだった。
写真(左)=メイン展示となる台紙。「9周年を迎えて!」の文字が躍る (右)=1時間もたたないうちに形が大分整ってきた
まず延べ参加者数は4万4千437人で、運営日平均50人弱が参加していた計算だ。コロナ前は1年で7千5百人近くの年もあったが、コロナ禍の3年間は3か月の休止期間もあって3千人台に落ち込んだ年もあったことを考えると驚異的な参加者の数ではないか。いただいた参加費は952万6千円余で、食事代の累計は730万円弱。食事代は無料の子どもたちを除いても2万4千人強が召し上がったことになる。また、運営を助ける寄付金(約211万円)とバザーの売り上げ(146万円)は計350万円を超え、駐車場代に充てる賛助会費も100万円に達している。熱い心の方たちに実家の茶の間は支えられているのだ。
写真=高見さんが整理された数字を綺麗に書き出していく
<これまでの足取りは写真で展示>
メイン展示となる台紙への貼り付け作業を横目で見ながら、男性中心のサポーターチームは展示を下支えする準備を進めていた。その一人、武田實さんは「あれだけの大きい台紙を、玄関からすぐ見える場所に展示するんでしょ。それも玄関は開けっ放しだから、風に負けないようにしなきゃならん。しっかりと台紙を支える骨組みが必要なんさね」と木材やベニヤ板の調達に余念がない。一方では、サポーターの島貫貞夫さんらが撮りだめておいた写真をパネルにした「周年事業の歩み」は既に廊下に展示されていた。9周年に向けた準備は着々と進んでいる。
写真(左)=これまでの写真パネルを整理する武田さん (右)=玄関先に展示される台紙を支える骨組みとなる木材などを準備する武田さん
<青空記者の目>
「実家の茶の間・紫竹」の9年間の蓄積を示す数字には驚かされた。利用者延べ人数や寄付金など、積み上げられた数字には重みがある。2、3年イベントを続けるだけでも大変なのに、ここでは熱い心が継続して、9年間の活動を支えているのだ。と同時に、多彩な活動が実家の茶の間を舞台に展開されていることにも改めて驚く。「保健師さんによる健康・生活相談49回」「作業療法士さんによる日常生活・動作・困りごとの相談34回」さらに「介護福祉士による介護相談」「総務省の行政相談・相談箱の設置」「東消防署と市役所による避難訓練」などと書かれたカードが並んでいる。
写真(左)=この日は国際メディカル専門学校の学生たちが実家の茶の間で実地研修中だった (右)=学校が早く終わる日は子どもたちが遊びにくるのも実感茶の間の特長だ
さらに特筆すべきは、自治会・老人クラブ、子供会など地域の方たちの実家の茶の間の利用数で、1万3千6百人を超えている。学生の実習や子どもたちの遊び場になっているのも実家の茶の間の特長だ。河田チームの目標の一つ、「実家の茶の間は、地域の宝となる」を具現化している数字と実態ではないだろうか。
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