ブログ「青空リポート」青陵学術集会を開催

教育

◆ブログ「青空リポート」・青陵学術集会を開催◆

2024年11月8日

―人生のどんな時でも、「楽しむ」ことをおそれないで―

~「楽しむ権利とその支援」をテーマに~

<楽しんでいいの?!>

新潟青陵学会主催の第16回学術集会が今月2日、新潟青陵大学で開かれました。テーマは「楽しむ権利とその支援」です。メインコピーを「楽しむことをおそれないで」とした理由について、今回の学術集会長を務めた茶谷利つ子・青陵大福祉心理子ども学部教授は挨拶文の中でこのように説明しています。

―今回の学術集会のテーマを単に「楽しんで」や「楽しむことを忘れないで」とせず「おそれないで」としたのは、他者の「楽しむ」権利や時間を尊重しサポートの必要な人には手を差し伸べて欲しい、それには何よりも自分自身の「楽しむ」時間を、大切さを知って欲しいと思ったからです。置かれている立場や環境によっては、それは大変勇気のいることかも知れません。でもそんな人こそ、「楽しむ」ことが必要なのです―

写真=学術集会長を務めた茶谷利つ子青陵大教授

日本ではまだ、「楽しむ」ことを後ろめたく思ったり、他人のことを「あの人は楽しんでばかりいて」と批判したりすることが多いなと思っている中、「楽しむことをおそれないで」との呼び掛けは大変に意味あることではないか―そう思い学術集会に大いに期待して参加しました。

その期待は、基調講演を聞いただけで十分に報われました。

<最後まで〝楽しく自分らしく〟>

基調講演のテーマは「ダイバージョナルセラピーの思想と実践 最期まで〝楽しく自分らしく〟を支援する」―これも刺激的なコピーです。「最期まで 楽しく自分らしく」~そんなことができるものなのでしょうか。興味津々で講師の特別非営利活動法人「日本ダイバージョナルセラピー協会」の芹澤隆子理事長のお話を聞き始めました。

写真(上)=パワーポイントの資料を基に講演する芹澤隆子理事長。画面はオーストラリアの「高齢者介護の質の評価基準」です  (下)=芹澤理事長はパワフルに楽しく語られました

芹澤理事長はまず、ダイバージョナルセラピー活動が盛んなオーストラリアの高齢者ケア省・ビショップ大臣の言葉を紹介しました。

「老いるとは 楽しむこと。耐えることではない」

次にバーナード・ショー(アイルランド生まれの劇作家・評論家)の言葉を芹澤さんは紹介しました。

「〝老いるから遊ばなくなる〟のではなく、〝遊ばなくなるから老いる〟のだ」

この2つの言葉で、私は「ダイバージョナルセラピー」に引き込まれていきました。

<ダイバージョナルセラピーとは>

「ダイバージョナルセラピー(DT)」との言葉を私は「青陵学術集会抄録集」で初めて知りましたが、オーストラリアやニュージーランドでは福祉・介護の基本理念として広く知られているようです。

芹澤さんのお話からDTについて少し紹介します。

―「DT」とは、認知症や様々な疾病や障がいによって、人生に行き詰った状態から、その人のHappyな方向へ転換するための多様な実践ですー

―「DTのお仕事!」とは=最も大切な仕事は、その人が「好きなこと」「したいと思うこと」を最大限、実現させるにはどうしたらよいかを考えること。また、その人が「何かをしたい」「もっと生きたい」という意欲が持てるように、そのプロセスを創っていくこと(クープ学長の言葉)

どうでしょう?だいぶDTのイメージがつかめたでしょうか。

<先進国のスタンス>

DT先進国のオーストラリアでは2019年、「新しい高齢者介護の質の評価基準」として、8つの基準を設定しました。その中心に位置する「スタンダード1」は、<本人の尊厳と選択>です。

来夏にはスタンダードが強化され、新たに「7つの基準」が制定されるそうです。7つのスタンダードを貫く思想は「自立と自律」で、第1のスタンダードは「私は尊重され、自分の人生を選択できる」ことになるそうです。

「私は尊厳と尊敬をもって扱われ、いかなる差別からも解放されて生きる権利があります」―スタンダードは高らかに高齢者の権利を謳いあげます。

芹澤さんは「これに対し、日本の『老人福祉法』は昭和30年代につくられ、60数年前のものなのです」と参加者に語り掛けました。2016年に起きた「津久井やまゆり園事件」は衝撃的でしたが、それ以外でも日本では高齢者施設などで利用者への虐待が繰り返し報道されています。老人福祉の基本法の抜本改正を怠ってきたことの影響は大きいと感じました。

<DTとの言葉の意味するもの>

ダイバージョンという言葉を聞くと、私たちは多様性である「ダイバーシティ」を想起しますが、芹澤さんによるとダイバージョナルセラピー(DT)の語源であるダイバージョンにはいくつかの意味があるのだそうです。その意味とは①別の道に転換する②注意をそらす③気晴らしや娯楽④飽きさせない⑤工事などの迂回路―などがあり、以前は通訳たちが「気晴らしや娯楽」の意味に引っ張られ、DTを「気晴らし療法」と訳していたことも日本でDTの本質を分かりにくくしていたのかもしれません。

さらに芹澤さんは「セラピー」について、「その人がよりよく、心地よく生きるために意味のあることはすべてセラピーとなりうる」と規定してくれました。「だから、例えば新聞を読むことも、花を育てることも、その人に良い影響をもたらすものはセラピーなのです」と芹澤さんは続けました。

写真=講演に聞き入る参加者たち

<セラピストの仕事とは?>

オーストラリアやニュージーランドの高齢者施設では先ほどの「スタンダード」などを基に、DTの考え方が当たり前に普及しているそうです。では、ダイバージョナルセラピストはどんな風に仕事を進めていくのでしょうか。芹澤さんは「アセスメントが基本」と言います。それには、「まず、その人の人間像を知る」ことが土台になります。名前や生年月日、出生地から始まり、医療的・身体的ニーズなどです。次にその方の生きてきた道「ライフストーリー」を把握し、さらに趣味や楽しみ、習慣など「レジャーアセスメント」を網羅した「アセスメント・シート」をつくることが「DTの仕事!」の第一歩です。アセスメント・シートは「その人の人生の誇りを知るために」つくるのだそうです。

<様々なプログラムが大事>

4半世紀前から豪州などの高齢者施設を視察している芹澤さんは事例も熟知しています。そこでは「ソーシャルプログラム」が大切にされているそうです。「そのプログラムが社会人であり続ける尊厳を守ることになる」からだそうです。例えば高齢者施設を「町内会」のようにしておくこと。施設内でボートレースなど〝ギャンブル〟が楽しめるようにしたり、キャバレー風のバーでワクワク感を味わったりもできます。まちの居酒屋に行くことも、釣りに出かけることもできるのだそうです。市議会の傍聴に行く権利も確保されています。ニュージーランドでは高齢者施設にファッションショップがあるのは当たり前になっているようです。

<コロナ禍への対応は?>

日本ではコロナ禍の時に高齢者の外出は固く禁じられ、特に「お年寄りが集まる施設が一番危ない」と「地域の茶の間」などへの出入りも家族がストップをかけました。それは認知症の進行に影響が出ただろうと言われます。向こうでは「コロナ中もナーシングホームのプログラムでは外気浴が日課。できる限りお年寄りの楽しみを大切にした」そうです。また、認知症への対応は「閉じ込めない」「遠ざけない」を基本とし、施設には日当たりの良いガーデンに向かっての出入り口があり、本当に外に出られる扉には様々な絵を書いて出入り口と気づけないようにしてあったそうです。寝たきりをつくらないように居室にはチェアとソファアが置かれ、モーター付き車イスやウォーカー(歩行器)など多様な福祉用具が用意されていることも知りました。

<国内のDT実践報告>

日本ではまだまだ知られていないDTですが、芹澤理事長の日本DT協会では以前から普及に努め、今年度は第20期となる「DTワーカー養成講座」の受講生を募集中とのことでした。既に協会からの資格を取った「全人ケア実践者」は数百人に上っているそうで、その方たちの実践報告も行われました。施設の利用者や介護の実践者にDTが多くの充実感をもたらしていることを知り、これも大変に興味深いものでした。

また、基調講演Ⅱでは「ニュージーランドにおけるダイバージョナルセラピー」と題してオルキディア・タマヨ・モルテラ・ニュージーランドDRT協会長からリモートでの講演があり、これも素晴らしい実践報告で、驚きの連続でした。協会名がDRTとなっているのは「R=レクリエーショナル」が加わっているからだそうです。

写真=リモートで講演するニュージーランドのモルテラ理事長

写真=こちらは長澤紀美子教授の講演

また、高知県立大の長澤紀美子教授から「イギリスにおける楽しみを支えるための『パーソンセンタードな活動』の制度やシステム」も参考になりました。

<DT普及に青陵も役割を>

今回、青陵学術集会で私は初めてDTの取り組みについて知り、「日本でさらに普及させたい」との気持ちを強くしました。後期高齢者になっている身としては、「自らが楽しく老いたいし、そのためにはDTの支援を受けたい」との動機が一番かもしれませんが、それだけでなく、看護や介護・心理などのエッセンシャル人材を育て、多くの方たちの「生きるを支える 笑顔をつくる」青陵マインドにDTの考え方がマッチするように感じたからでもあります。

青陵から育ったエッセンシャル人材が、自らのスキルを活用し、高齢者施設や病院で時を送る方々を楽しくし、それによって自らも楽しんでいけるようになれば素晴らしいのでは―と夢想しました。来年度はソーシャルイノベーションセンターも青陵学園に誕生し、社会課題解決に取り組むスクエアへの第一歩を踏み出します。ダイバージョナルセラピーも「青陵ソーシャルイノベーション」の柱の一つにすることはできないかー芹澤理事長らともっと語り合ってみたい気持ちにさせられた学術集会でした。集会を企画・運営してくれた茶谷先生をはじめスタッフの皆さん、参加していただいた300人余の方々に感謝します。

DTに関心を持っていただいた方は新潟青陵学会のホームページをチェックいただくと、今回の学術集会の資料がURL検索いただけます。みんなでDTの輪をひろげていきましょう。

 

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