にいがた 「食と農の明日]13

まちづくり

*にいがた 「食と農の明日](13)*

<ウィズコロナ時代 「古泉育英財団」の今>

―新潟をフード&アグリテックの拠点に―

―「佐野藤三郎さんの遺志を継ぐ」―

ここまで、新潟の「食と農の今」を見てきた。新型コロナウイルスの感染拡大により、全国と同様、新潟の飲食店も存続の危機にさらされている。さらにコロナ禍は新潟のコメ農業にも深刻な打撃を与えてきている。インバウンドと外食産業の落ち込みが業務用米の需要減につながり、主食用米は大幅な供給超過に陥った。新潟県は2021年産の主食用米について「過去最大となる12・7%減らす生産目標」を発表している。

<「食と農」分野の研究を助成へ>

その一方で、大きな危機に陥っている「新潟の食と農を救おう」との模索も始まり、農業者側から具体提案も示されている。加えて、経済人から新しい動きが出てきた。「公益財団法人・古泉育英財団」の設立母体である「エイケイグループ」の古泉肇会長(元亀田製菓会長)が、「新潟をフード&アグリテックの拠点にしよう」との大きな目標を立て、具体的に動き出したのだ。「フード&アグリテック」は、まだ聞きなれない言葉かもしれない。フード(食品)とアグリ(農業)にICTやAI、ロボットなどのテクノロジー(先端技術)を掛け合わせた造語だ。「農業戦略特区」となった新潟市が推進した「スマート農業」が農作業分野の先端技術化に特化しているのに対し、「フード&アグリテック」は食品・流通のプラットフォームなどを連携させ、幅広い分野で効果を上げることを狙っている。新潟市の中原八一市長も昨年から、よくこの言葉を使っている。

写真=「新潟をフード&アグリテックの拠点に」と語る古泉肇さん

古泉さんの新方針の下、育英財団では新たな活動対象として「若手研究者への研究費助成」と「農業・食品分野の課題研究」を加えることを昨年末に決定した。同財団はこれまで、新潟県内では数少ない「給付型奨学金」事業を行っており、1年間で1千万円近い奨学金を向学心に富む学生に給付してきた。今後は、年度内にも新潟県と公益目的事業の変更に向けた事前協議に入り、今年10月から助成事業を開始できるよう準備を進める。同時に「農業・食品」をテーマにする研究拠点の設置について、詰めていく方針だ。

<亀田郷に「3人の傑物」>

「古泉育英財団」を主宰する古泉さんは、元亀田製菓株式会社の社長・会長などを歴任し、亀田商工会議所の会頭も務めた人物だ。合併前の旧新潟市と亀田町、横越町にまたがる亀田郷には、「3人の傑物がいた」と言われる。「国連平和賞」を受賞した佐藤隆・元農相。亀田製菓(本社・旧亀田町)を日本の代表的米菓企業に育てた肇氏の実父・古泉栄治氏。それに亀田郷土地改良区理事長を長く務めた佐野藤三郎氏の3人だ。佐野さんは、腰まで浸かる深田だった亀田郷を美田に変え、広大な荒地だった中国黒竜江省三江平原の農地化に協力して日本のODA事業にまで育てた土地改良の第一人者だ。古泉さんは3人への熱い思いと共に、「日本の『食と農』を新潟から、亀田郷から牽引していこう」との強い気持ちを温めてきた。

<「食の国際賞づくり」を提唱>

2005年に亀田町が新潟市と合併する際には、当時新潟市長だった記者に「世界の食と農に貢献する人物・団体を新潟から表彰しよう」と強く働きかけ、2007年、「佐野藤三郎記念・食の新潟国際賞」を制定する動きを主導した。その後、亀田製菓やブルボンなど新潟の食品企業と新潟市が協力して「公益財団法人・食の新潟国際賞財団」を設立。2010年から2年に1回、表彰を続けている。2020年の表彰ではアフガニスタンで灌漑・食料増産作業に打ち込んだ医師・故中村哲氏が大賞に選ばれ、運動母体の「ペシャワール会」に1千万円が贈られている。古泉さんは同財団の初代理事長で、同財団のために1億円を基金として寄付。今は「ファウンダー」と呼ばれている。

<レスター・ブラウン氏を招へい>

「食と農で新潟が世界に貢献する―この夢を、これまで追ってきました。食の新潟国際賞を制定する前、2005年に世界的な食料研究者のレスター・ブラウンさんに新潟に来てもらい講演してもらって、大変な刺激を受けました。それが、そもそもの始まりです。今回の研究助成事業は、その夢をかなえる一環です」と古泉さんは語る。食の国際賞に取り組むうちに、新潟の人脈も大きく広がった。昨年のノーベル賞に選ばれた「国連世界食糧計画」(WFP)や「国連食糧農業機関」(FAO)は食の新潟国際賞選定にも関わり、表彰式には毎回のように代表を送ってくれる。

「今は大勢の人が新潟の取り組みを応援してくれている。それも、食の新潟国際賞を長年やってきたお陰です。今回、食と農の研究にチャレンジができるのは、国際賞で多くの人脈ができ、新潟の志が認められたからだと思います。今までの集大成にしたい取り組みですが、まずは『小さく産んで、大きく育てる』つもりで一歩を踏み出したい」と古泉さんは言う。古泉さんが「新潟は『食と農の研究拠点』として大きく育っていける」と期待するのは、「新潟には今、優秀な『食と農』の人材が集まっている」と思うからだ。新潟市が農業特区になったことを機に、新潟でスマート農業を推進する企業・団体との関係が深まった。古泉さんの跡を継ぎ、現在、「食の新潟国際賞財団」理事長を務める池田弘・NSGグループ代表は、「食と農」を専門にする「新潟食料農業大学」を2018年に開学させた。元農水次官の渡辺好明学長をはじめ、多数の研究者・専門家が新潟にやってきた。これらのことも古泉さんの決断を後押しした。

<5度の「がん」を克服>

その古泉さんは、これまで5度の「がん」を克服してきた。一時は厳しい闘病のため、すべての公職を退いたが、驚異的な回復力で社会復帰を果たし、「これまでの活動の集大成」として、今回の事業に取り組む決意を固めた。古泉さんは「佐野藤三郎さんが構想して、志半ばで成し遂げられなかったものに『アグロポリス構想』と『未来農業研究所』があります。形が変わってもこの機能を新潟に備えたい」と言う。「アグロポリス」とは、「未来農業研究所」が推進エンジンとなって新潟に「食と農」の情報を集積すると共に、先端農業の実践・研究拠点とする構想で、今から30年ちょっと前、佐野さんが国に働き掛けたが未完に終わったものだ。

<1冊の本との出会いが契機>

病から回復した古泉さんは、2年ほど前から「食と農」への思いを深めていた。そんな古泉さんが今回、「集大成事業」に取り組むきっかけをつくったのは1冊の本との出会いだった。その本は、「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)編・同文館出版)だ。実は、この野村アグリの太野敦幸社長も農業特区になった新潟市に関心を示し、市長時代の記者と意見交換していた人物だ。

古泉さんは、「この本を読んで、食と農のこれからの方向性が自分の中で明確になった。世界の人口急増への対応やSDGsの要請に応えていくためにも、フード&アグリテックの考えを積極的に新潟に導入し、新潟をその拠点とすべき、と考えました」と言う。昨年12月には、野村アグリの太野社長と新潟で面談。新潟と野村アグリが連携していくことも確認した。今後、古泉育英財団の定款変更に向けて県との協議に入っていく。これまでは「奨学支援」が主目的だったが、ここに「地域貢献」と「農業の発展支援」を追加する方針だ。

<研究助成額は1件30~50万円>

新しく育英財団の主目的となる分野では、主な活動として2本柱を想定している。1つが「公募型研究助成」だ。新潟県内の農業・食品分野の若手研究者(40歳以下を想定)を対象とし、①食料生産関連(生産から加工・流通・保存・備蓄・廃棄まで)、(植物工場)、(代替肉)、(魚類の陸上養殖)②食生活関連(健康・疾病予防・運動機能の維持向上)(調理・保存・食嗜好や食行動に関する研究)ーなどで、他に栄養・アレルギーや安全衛生も視野に入れ、幅広くテーマを募る。助成額は1件当たり30万円~50万円程度を検討している。公募助成事業は今年10月から始めたい意向で、「助成対象研究を決める審査委員の候補も、既にリストアップ済みです」と古泉さんは言う。

もう1つの柱が「調査・研究機能」となる。こちらは「フード&アグリテック」の推進や「食と農の課題」を解決する知見・能力を持つ研究者を財団が指名して研究助成を行う。研究課題の選定方法や研究拠点のあり方などについては、関係者・専門家の意見を聞きながら、今後詰めていくことにしている。こちらも年内の活動開始を目指すことにしている。

<青空記者の目>

久しぶりに「アグロポリス構想」との言葉を聞いた。「青空記者」が以前、新潟日報の記者だった頃、亀田郷土地改良区理事長だった佐野藤三郎さんが熱っぽく「アグロポリス」について語っていたことを思い出す。昭和末期から平成が始まって間もない頃に掛けてと記憶している。「見ておいてみなせや。新潟を、未来型農業の研究・実践の拠点にしていくわね」と楽しそうに佐野さんは語っていた。しかし、次第に佐野さんの口から「アグロポリス」の言葉が消えていった。記者がそのことを質すと、「永田町も霞が関も、農業の本当のことが分かっていない。何より、手柄ばっかり考えて、肝心の新潟がまとまらねんだて」と悔しそうに語っていたのを思い出す。それから、佐野さんの持ち味である闘争心と行動力が次第に失われていった気がする。

 その「アグロポリス」が30年ぶりに復活するかもしれない。それが今回の古泉肇さんの取り組みだ。古泉さんは「食の新潟国際賞財団の活動と、育英財団の新しい取り組みを両輪とすれば、新潟から『食と農』を発信していくことができます。新潟発でどういう実践・研究に取り組んでいくか―若手研究者への助成をスタートさせながら、詰めていきたい。これまで温めていた構想をいよいよ実現させることができる。ちょっとワクワクしています」と語るのだった。

「食と農で貢献する新潟へ」―これからの取り組みに注目が集まる。と同時に留意したいこともある。「アグロポリス構想」については北海道や宮崎県などでも関心が高まり、既に取り組みが一部で始まっている。特に宮崎では宮崎産業経営大学が中心となり、オランダの大学と提携して「アグロポリスシンポジウム」も開催されている。新潟では産学官が一体化した取り組みに進化させたい

 

 

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