*にいがた 「食と農の明日」(6)
<ウィズコロナ時代 亀田郷の今①>
―「コメ余り」にコロナ禍が追い討ち―
―「来年はコメ56万トン余る」―
<農水省の予測数字に衝撃>
10月下旬、全国の農業関係者にとって衝撃的な数字が発表された。「需要に見合った2021年産の主食用米生産量は679万トン。この数字は、今年産米の直近予測に比べ56万トン少ない」との需給見通しを農水省が発表したのだ。
「ということは、今年通り主食用米をつくったら、コメが全国で56万トン余るということ。つまりは『56万トン減らせ』というメッセージでしょう。56万トンと言えば、新潟県産米分に匹敵する数字ですよ。それだけのコメづくりを休みなさい、ということで、これは大変な数字ですよ」。亀田郷土地改良区の杉本克己理事長は、56万トンという数字の大きさをこう表現した。亀田郷土改は、新潟市江南区・中央区・東区にまたがる農地約6500ヘクタールの用排水や土地改良を担当する組織で、全国でも西蒲土地改良区と並ぶ「両横綱」的な存在だが、苦悩もまた深い。
写真=書類が山積みされる亀田郷土地改良区の理事長室で、低平地農業の難しさを語る杉本克己理事長
<主食用米偏重の「つけ」>
新潟県農業は「コメ偏重」の状況にあるが、低平地が広がる亀田郷ではさらにその傾向が強い。「コメ余り」と「米価低迷」の悪循環ダブルパンチを受け続けてきた。そして今年、「コメ余り」では新型コロナウイルス感染拡大が追い討ちをかけた。外食需要が飲食店の営業自粛で大きく減り、さらに観光関係のインバウンドがほぼゼロになったことも大打撃だ。もっとも「コメ余り」には主食用米の生産が増加している地域があることも大きく影響している。国は減反政策を2017年度までで廃止した。その後、手厚い補助金で主食用米から飼料用米・加工用米、さらに麦・大豆への転換を促してきたが、新潟県などではJAグループを中心に主食用米の生産がむしろ増加している。その結果の「56万トン」だ。主食用米の需給乖離は、11月末には「30万トン台」まで圧縮されたが、来年産米を大幅に減らさなければならない状況は変わらない。
その状況下で新潟県は25日、来年の県産米の生産目標を発表した。主食用米は今年の生産実績59万5千4百トンから12・7%(7万5千4百トン)減の52万トンとされた。生産数量はその年の気候などで左右されるため、作付面積の目標も提示。こちらは今年の実績10万6千7百㌶から10・5%(1万1千2百㌶)減の9万5千5百㌶とした。強制力はないため、どの程度の効果が出るかはまだ不明だが、亀田郷の農地の倍近い作付け減が求められたことになる。
<2㌶規模の農家は36万円の赤字>
「今は、昔の減反じゃないからね。強制力がないから、どこまで上手くいくか…。先行きが見えない」と杉本理事長は腕を組む。「コメ余り」と同じくらい、杉本理事長が問題視しているのがコメ農家の所得低迷だ。国の資料を示しながら理事長は語る。「これ見てください。作付面積5㌶未満のコメ農家の収入は、時給に直すと最低賃金の800円にもならない。5㌶未満の農家は全農家の9割程度だから、日本の稲作農家の所得は異常に低いってことなんです」。
亀田郷土改では、独自の調査も行った。その結果も驚きだった。「田んぼ2㌶の農家、まぁ普通の農家ですわね。ここは総所得で36万円の赤字なんです。田んぼ15㌶やっている、ちょっと大きめの規模の農家、ここは夫婦2人で年収530万円足らず。6人でやっている生産法人は46㌶で2千万ちょっと。1人当たりにすれば350万円ほど。結局、コメづくりを天職として考え、計算などしないで田んぼやっている。まぁ、せがれが会社に勤めていて、世帯としてはやっていけるのかもしれないけど…。これが亀田郷のコメづくりの現状なんです」と杉本理事長は言う。
<なぜ、所得が増えないのか>
一方で、「規模拡大に活路を見出せる」と思う農家さんもいる。そういう農家は、所得を上げるために、離農する人から田んぼを借りて作付規模を拡大してきた。「規模を拡大して、『今度こそ、所得が増えただろう』って思っても、コメの価格が下がるわけですよ。だから、新潟の農家所得は400万円。野菜など園芸をやっている関東は600万、さらに複合経営で付加価値をつけている愛知は800万。なぜ新潟が低いか、と言えばコメしか作っていないから。主食用米以外の田んぼには、加工用米とか作って、『残った農地に、野菜でもつくっておけ』みたいな感じ。農地の半分は寝かせていて、収入が上げられていない状態なんです」と理事長は語る。
3年ほど前、新潟県の農業があまりにもコメ偏重であることへの強烈な問題提起がなされた。新潟大学の伊藤忠雄名誉教授が「新潟の農業産出額は年々減り続け、2018年には山形県にも抜かれた。新潟と同じ米作県の秋田県は園芸産地づくりに力を入れ、2014年以降は農業産出額が上向いてきた。新潟県は依然としてコメ偏重政策を続けている。これで良いのか」といった指摘だった。確かに、新潟県の農業産出額は右肩下がりで、全国順位も1994年の5位から、2018年には13位に転落している。
<「コメに胡坐をかいていてはダメ」>
杉本理事長も十数年前、亀田町(当時)の議員だった頃に愛知・豊橋市の農業視察に行って驚いた。「豊橋の農家は、『新潟の農家さんはいいですね。コシヒカリがあって、コメが大丈夫ですもんね』と言う。ところが、あっちは野菜、果樹、畜産を主体に素晴らしい経営をやっている。調べたら農家所得が我々の倍なんですよ。コメに胡坐をかいていられない、と感じました」と理事長。いち早く「コメ偏重の問題点」に杉本さんは気が付いていたが、新潟県の農政の流れは変わらなかった。「伊藤先生の指摘は、やっぱり衝撃的でした」と理事長は言う。青森、山形、秋田の3県では、畑地利用率が一番低い秋田でも15%近いのに、亀田郷では5%前後。一番高い横越地区でも9・6%で二けたには届いていなかった。
<「園芸は、やらんきゃダメだけど…」>
「だから、新潟でも園芸はやらなきゃダメ。それはその通りで、野菜をつくるのは大事なことなんだけど、ここは低平地の上、耕地面積が半端じゃないほど広い。トマトやキュウリは1反(10㌃)、2反ならできるが、何㌶もやれますか?っていうことなんです」と杉本理事長は疑問を語り、「そしてもう一つ、大きな問題があります。『秋田も野菜やり出した、新潟もやり出した』となったら、野菜が余って大暴落起こしますよ。関東とかの産地は大打撃になるし、こっちはこっちで、慣れない野菜をリスク負って競争することになる。それで良いんでしょうか」と問い返すのだった。
<青空記者の目>
コロナ禍に農業地帯も振り回された1年だった。特にコメ農家では、「コメ余り」の問題が一気に顕在化した。「営業自粛」で業務用米の需要が大きく落ち込み、年半ばで10万トン近い需要減となった。インバウンドは観光関係がほぼゼロとなり、6月までに前年比1・5万トン減少した。構造的な問題はさらに大きい。食生活の変化で減り続けている一人当たりのコメ消費量は昨年度53キロまで落ち込み、1962年度の半分以下になった。さらに、日本の人口も減少に転じている。そこにコロナが追い討ちを掛けた形だ。「巣ごもり需要で、家庭向けが8万トン近く増えても焼け石に水」と関係者は言う。
それ以上に大きいのが、国の減反政策が2017年度までで廃止されたことへの対応だ。国は手厚い補助金で主食用米から飼料用・加工用米、さらに麦・大豆などへの転換を促してきたが、新潟県などは主食用米がJAグループを中心にむしろ増加している。その結果としての「コメ余り」だ。一方で、低平地が広がる亀田郷などでは園芸への転換も「限定的に考えざるを得ない。野菜をつくるだけでは済まないほどの農地面積がある」と杉本理事長は言う。「では、活路をどこに見出すのか?」―次回はその方策を中心に聞くことにする。
コメント