助け合いの歩み「第9章」

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*新潟の助け合いの歩み*

ー河田珪子さんの目指す

 「歩いて15分以内の助け合い」ー

第9章=「お互いさま・新潟」が始まった

◆ご近所の困りごと

    助け合える仕組みを◆

「助け合いの学校」を開校して人材づくりに取り組みながら、河田さんたちは本格的に「有償の助け合い活動」に着手していく。2018年秋、「実家の茶の間・紫竹」が4周年を迎えた時期に、河田さんは「助け合い お互いさま・新潟」を発足させることを新潟市の「支え合いのしくみづくり推進員」ら関係者に明らかにした。

<「誰でも、どこでも」にこだわる>

「助け合い お互いさま・新潟」を発足させることは、新潟市の全8区に「助け合いを創り、広げる」ためであり、同時に「支え合いのしくみづくり推進員の実践研修の場をつくる」ことでもあった。市全域を視野に入れ、「歩いて15分以内の、困りごと助け合い」に、いよいよスタートを切ったのだ。「市全域」「誰でも、どこでも」ということに河田さんたちはこだわった。なぜだろうか。「茶の間などを拠点としての助け合いが軌道に乗ると、必ず『茶の間に行くことができない人はどうするの』という問い掛けが出てきます。私たちにとってもそれは大きな宿題です。茶の間にくれば、困りごとを助け合う輪に入れるだけでなく、さまざまな情報も得られます。例えば、茶の間にお出でになれば保健師さんに健康相談もできるし、介護予防をはじめ行政の介護支援施策から便利屋さんの情報まで得られます。茶の間に来られない方は情報弱者にもなってしまう。このギャップを少しでもなくしていくことも重要と考えたからです」と河田さんは語る

<「まごころヘルプ」の教訓>

しかし、対象者を広げれば困りごと支援のニーズも増え、助け合いの担い手を増やすだけでは足りなくなる。手助けを受ける側と手助けする側とのマッチングが必要となり、そのためのコーディネートなどを担う事務局の役割が重くなる。河田さんは有償の助け合い「まごころヘルプ」を立ち上げた時から、そのことを痛いほど感じてきた。「まごころを始めて、手助けを受けたい人、手助けしたい人が共に会員となって、困りごと支援をやっていくことにしたら、驚くほどの人が集まってくれました。困りごとのニーズもどんどん膨れ上がってきた。当時、サービスを月1000時間以上はやらないと決めていました。この組織ではそれ以上受けるとサービスの質が悪くなり、責任が持てなくなるから、と。ところが1300時間を超えるようになってしまった。『助けて!』と言う人がいる以上、サービスを増やしたいのだけれど、事務局の態勢とランニングコストを考えると『青天井』にはできない。それで、『市の福祉公社に入らないか』との新潟市の誘いに乗って『後ろ楯』を持った訳ですが、私たちが目指す『家族機能の代替』への思いは薄くなっていく。私が現役だった頃は意地を張って何とかやっていったけれど、社協の事業となった『まごころ』は、私が辞めて2年ほどでヘルパーの上乗せサービスになっていきました」と河田さんは振り返る。

<ランニングコストがカギ>

「有償の助け合いは、おカネがないと持たない」―このことを思い知らされる体験を河田さんは何度も味わってきた。「まごころの後、市民生協や社協、各地のJAさん、医療機関など、県内や全国でさまざまな有償の助け合いの立ち上げ支援に関わりました。みんなバックというか、母体があった。有償の助け合いのニーズが膨らめば、マッチングや交通費などのランニングコストが掛かる。それを後ろ盾の母体が負担してくれなければ、成り立たない仕組みなんです。サービス会員を増やしていくことが母体にとってメリットがあるうちは良かったけれど、介護保険制度が定着してくるにつれ、有償の助け合いはみんな変わっていきました」。そう語る河田さん。ランニングコストにこだわるのは、自らの体験に加え、そんな姿をずっと見てきたからだ。その後、市政策調整官の望月さんらがランニングコストについて調査したが、そこでもランニングコストについては厳しい数字が並んでいた。河田さんたちは過去の経験を踏まえて、難題の「事務局づくり」に動き始めたのだ。

<事務局をモデルハウスに>

「どうすればランニングコストが掛からないようにできるか、そればかり、ずっと考えてきました」。そう語る河田さんが行き着いたのが、交通費におカネを掛けない「歩いて15分以内の助け合い」であり、「事務局経費をできるだけ掛けない」ことだった。そのため、困りごと相談は電話で受け付けることとし、相談受付には市の地域包括ケア推進モデルハウスを活用することにした。いま、「助け合い お互いさま・新潟」の事務局は、「実家の茶の間・紫竹」などに置かれているのだという。そう聞いて、もう一度、「実家の茶の間・紫竹」を訪れた。

<3人チームで相談に対応>

写真=「お互いさま・新潟」の事務局が置かれた部屋で連絡を取る河田珪子さん。コロナ禍の今も貴重なスペースとなっている

「ここが事務局です」。河田さんが私たちを玄関わきの六畳と四畳半ほどの部屋に案内してくれた。みんなが寛ぐ大広間とは廊下一つ隔たっている。今この部屋には、茶の間が休みでも平日は毎日3人チームが詰めて、電話で困りごとの相談に応じているのだ。3人チームは、いずれかの場で有償の助け合いに関わったことのあるエンジンメンバー(先生役)1人と、新潟市の「支え合いのしくみづくり推進員」ら2人から成っている。「支え合いのしくみづくり推進員」の制度については、先に触れたように国が2025年までに「地域包括ケアシステム」を全域で稼働させるため、各自治体に配置を要請した「生活支援コーディネーター」のことだ。新潟市では「支え合いのしくみづくり推進員」と呼んでいる。「地域包括ケア」を実現するためのキーパーソンだ。「お互いさま・新潟」の取り組みは、先ほど触れたように、支え合いのしくみづくり推進員の実践研修の場ともなっているのだ。

<「前代未聞の取り組み」>

この「助け合いの事務局」の態勢づくりは、「全国どこでもやっていない、前代未聞の取り組み」(さわやか福祉財団)と評されるものだ。「電話で市全域の困りごと相談に応じよう」との目標は壮大だが、目に見える効果は「実践研修」の面で早くも表れていた。「支え合いのしくみづくり推進員」の有志たちが「お互いさま・新潟」の事務局に交替で詰めたことで、地域住民がどんなことに困っているか、生活支援のニーズが分かってきたのだ。「推進員が、経験のあるエンジンメンバーとチームを組むことで、どんな困りごとなら『お互いさま・新潟』で引き受けることができるか、ジャッジする訓練になるし、多くの推進員が情報共有することで推進員の方が成長する場にもなっています」と河田さんは説明する。河田さんの大きな狙いである「推進員の実践研修」については次章で改めて触れることにし、ここでは事務局の現場をもう少し追うことにしよう。

<増えてきた困りごと相談>

私たちが、「実家の茶の間・紫竹」で「お互いさま・新潟」の説明を受けていたある日、困りごと相談を受け付ける携帯電話が鳴った。この日の当番は、エンジンメンバーが有償の助け合い「まごころ白根」で活動してきた塩原信子さん(63)。それに佐藤連さん(26)=江南区の一層の推進員、そして、前章で登場いただいた吉村弥寿江さん(70)=南区の二層の推進員、の3人だった。それまで、なごやかに「お互いさま・新潟」について説明していた3人がチームとして動き出す。電話応対の中心はエンジンメンバーの塩原さんだった。用件を聞きとりながら、その困りごとが「お互いさま・新潟」の助け合いの対象となるかどうかを判断する背景についても聞き取っていく。聞き取ることは、困りごと相談の内容によって変わっていくが①本人の身体状況②住所や家族構成③介護保険や地域の介護サービスの活用事例④近隣との付き合い⑤民生委員との関係⑤日常の買い物の状況―などが主なものだ。

<「犬の散歩をお願いできないか」>

この日の相談は80代男性からで、「病院を退院したばかり」の方だった。「入院中、動物病院に預かってもらっていた飼い犬の散歩をお願いしたい」との要請だった。概要を塩原さんが把握すると、相談者のご近所で「助け合いに登録している方」(大半が「助け合いの学校」の修了生)について一人が検索を始め、もう一人はこの日の担当者である渡邊隆幸さん(39)=中央区の一層の推進員=に連絡を取り出した。居合わせた河田さんも加わり、この相談を手助けできるか、塩原さんらと話し合う。これまでも「旅行に行くので、犬の散歩をやってほしい」などの相談がきて、手助けする方が見つかった例はあった。「今回のポイントは、入院されていた方からの依頼、ということですね」と塩原さん。「ご本人がどのくらい回復されているか、それによって支援する期間が変わってくるわね。もう少し状況を把握しないと」と河田さん。その間も、佐藤さんと吉村さんが助け合いの登録メンバーに電話を掛け、「犬の散歩を手伝えるか」の聞き取りが始まった。私たちがいた時だけでも5人と連絡を取った。「犬の散歩はダメです、と答えた方のリストには、その旨、チエックを入れてね。また、同じ人に犬のことをお願いしたら気を悪くされるからね」と河田さん。

<「納得感が得られるよう、手を尽くす」>

この相談はどうなったのだろうか。気になって後日、担当の渡邊さんを訪ねてみた。「手助けできるか、9人にお聞きしました。『他に手がないなら、やっても良い』と言う人は見つかったんですが、結局、今回はつなぎませんでした」と渡邊さん。相談者の犬を預かっていた施設と連絡がつき、「再入院の可能性もある」との判断が病院側から出されていることを聞いた。「相談者にご連絡して、こちらも手は尽くしたことは理解いただいたと思います」とも渡邊さんは語ってくれた。その話を聞きながら河田さんも「こちらが心を込めて、これだけ動いたことが伝われば、ご本人に納得感を持っていただける。ご本人の病状についても、ご自身が思っているより厳しいことを理解されたのではないか」と補足された。

<相談は、ほぼ全員が一人暮らし>

この機会に渡邊さんに、中央区民からの困りごと相談について聞いてみた。中央区は1世帯当たりの平均人数が全区で最も少なく、一人暮らしが多い。転勤族で、そのまま新潟に居ついた方も多く、その方たちは親戚縁者も少ない。そのせいか、困りごと電話相談者のほぼ全員が一人暮らしの方だという。「今回のように困りごとの手助けを受けるべきか、迷う場合もありますが、すぱっと決まることもある。最近では『本棚を組み立てられなくて困っている』との依頼を大学生につないだら、『僕がやります』と即答してくれました。その大学生は福祉関連志望で、『助け合いの学校』を受講してくれた方でした」と渡邊さん。これまでの中央区の「助け合いの学校」の受講者について伺うと、女性が3分の2とのこと。年代別には70代が最も多く3分の1程度。次いで60代(約20%)、40代(約13%)、50代(約12%)などの割合だという。中央区やその隣接地域には現在120人ほどの助け合い登録者がいる。基本的に「助け合いの学校」修了生だそうだ。

<「出しゃばって!」エンジンメンバー>

困りごと相談がきたら、やみ雲に受けるわけではなく、「お互いさま・新潟」として応えられるか、その判断が重要になる。その時に力を発揮するのが、これまで有償の助け合いに関わってきたエンジンメンバーだ。「ここにきて、電話相談が増えてきました。いよいよエンジンメンバーの出番がきました」と河田さんは言う。「お互いさま・新潟」が発足して1年は、各区での「助け合いの学校」の開催や、「支え合いのしくみづくり推進員」が電話での困りごと相談に対応する態勢づくりなど、「お互いさま・新潟」の事務局を軌道に乗せることに追われていた。この時期は、後で述べるように推進員にとって住民たちがどんな困りごとを抱えているのかを実感する大切な時期だったのが、エンジンメンバーにとっては、少し引いて構えている時期でもあった。

「まごころ白根」で有償の助け合いに20年携わってきた塩原さんらエンジンメンバーも「一歩引いて、推進員たちが前面に出るようにしていました」と振り返る。まずは態勢づくりを優先していたし、困りごと相談もそう頻繁に来るわけではなかった。そのため、一時はエンジンメンバーのモチベーションが下がった時期もあった。しかし、国が昨年、「要介護1・2」の生活支援を市町村事業にしていく動きを見せたあたりから、雰囲気が変わってきた。国はこの改革を先送りしたものの、「有償ボランティア」に軸足を移したい意向は伝わった。さらに来年度は介護保険制度の第8期計画をスタートさせる時期に当たる。2020年の年明け以降、ケアマネジャーら介護関係者の中で有償の助け合いへの関心が高まり、介護の関係者・施設などから「お互いさま・新潟」への問い合わせや困りごと相談が増えてきた。この動きを察知して河田さんはエンジンメンバーを集めて会議を開いた。「エンジンメンバーはみんな、周囲の理解がない時代に、泣いたり、わめいたりしながら助け合いをやってこられた。それが、これまでは遠慮して様子を見ていられたのね。その皆さんに、『いよいよ、本当に困りごとの助け合いが始まります。皆さんが必死になって助け合いをやってきたその気持ち、知識、技術をすべて提供してよ。これからは困りごと相談の時、皆さんが出しゃばって、これまでの経験を推進員に伝えてください』とお願いしました」と河田さん。

<心を動かす応対が大切>

3人チームの中に「実践指南役」として、エンジンメンバーに入ってもらった理由を河田さんはこう説明する。「実際に困りごと相談がくると、エンジンさんたちの経験が生きてきて、『あっ、これは受けられないな』とか、『これはどんなことをしても、受けて差し上げなければ』ということが感覚的に分かるんですね。それと、エンジンさんは心と心のつなぎ方を知っています。困りごとの内容を的確につかんだら、次は実際に手助けをする登録メンバーが『よし、これは助けて差し上げなければ』と心を動かすことで、助け合いが始まります。その心の動かし方が分かっていらっしゃるエンジンメンバーは新潟の宝なんです」

「犬の散歩を手助けしてほしい」との電話依頼が事務局に掛かってきた時、エンジンメンバーの塩原さんが率先して動いたのは、「出しゃばってほしい」との河田さんの要請を受けてのものだったのだ。この時の3人チームの1人、佐藤連さんは以前に紹介したように江南区の一層の「支え合いのしくみづくり推進員」だ。新潟市社会福祉協議会の職員で、昨年春から推進員になった。「私は、実際に『家の中に入っての助け合い』はやったことがないので、『お互いさま・新潟』の事務局に来ると色々と勉強になります。あの日のように、困りごとの相談がくると、エンジンメンバーの方の対応は大変に勉強になる。こういうことを聞いた上で『助け合いができるか』を判断するのか、などが具体的に分かります」。佐藤さんは塩原さんの受け答えに学んでいたのだ。

<「相談ノート」から聞こえる悲鳴>

れからも、「お互いさま・新潟」の事務局を訪ねると困りごと相談の電話が掛かってくることにぶつかることが多くなった。次の時には「近くの商業施設に買い物に行きたい。付き添いをお願いしたい」という依頼だった。これはすぐに手助けが見つかった。これらの相談は区ごとに「相談受付ノート」に概要が記載され、当番メンバーが情報を共有している。どんな相談がきているのか。河田さんから中央区のノートを見てもらった。多いものは「室内の片づけ」や「風呂そうじ」、「テレビなど重い物の移動」などだそうだ。中には「依頼人が外出中、夫の見守りとトイレ介助」や「終活のための荷物整理」「足を痛め外出できない期間の話し相手」などもあったそうだ。中央区ではないが「留守中に父が家から出かけ、田んぼに落ちた。母は介護度が重く、父を止められないので見守りをお願いしたい」「私がデイサービスに行く時、夫の見守りをしながら、話し相手になってほしい。夫は家から出かけ、戻れなくなったこともある」など、深刻な相談もきているのだという。その他、「買い物支援(代行や付き添い)」や「病院や美容院などへの付き添い」など、家から出る際の支援も数多くあるという。困りごと相談電話からは、困りごとを抱える方の悲鳴が聞こえてくるようだ。

写真=事務局の置かれた部屋にはさまざまな資料が貼られたり、置かれたりしている

<心細い時の「心の避難所」にも>

この他、手助けの行動にまで結び付かないものでも、貴重な役割を果たすこともある。「困りごと相談の携帯に出ると、いきなり大泣きされて。話を聞いて差し上げているうちに、気持ちが段々収まってこられた。介護保険が利用限度いっぱいになって、困って電話してこられたとのこと。『今日は話を聞いてもらっただけで良い』ということもありました」(当番の推進員)と言う。困りごと相談電話は、心細いときの「心の避難所」にもなっているようだ。中央区の一層の推進員、渡邊隆幸さんは「お互いさま・新潟」について、「これから介護保険が厳しくなることを考えると、すごい取り組みを新潟は始めていると思う。でも、あまりにも世の中の先を行っていることもあって、この取り組みを一般の人に理解してもらうことが大変。なかなか、一言で説明できなくて…」と、もどかしそうに語った。

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