実家の茶の間 新たな出発25

地域の茶の間

*実家の茶の間 新たな出発(25)*

<来年に向けての動きが始まっている②>

―「やれること、しっかりやっていこう!」―

―年内最終日も「よろず相談」に対応―

<この1年、コロナにも柔軟に対応>

2021年も大詰め。新潟市の地域包括ケア推進モデルハウス「実家の茶の間・紫竹」の1年も暮れようとしている。昨年に続き今年も新型コロナウイルスに振り回された1年だった。ただ、実家の茶の間を運営する河田珪子さんらのチームメンバーは、新型コロナにも柔軟な対応を続けてきた。衛生面に万全を期しながら、「茶の間」という居場所がコロナ禍の中でも「利用者に欠かせない大切な場所」であることを信じて、できること、やれることを着実にこなしてきた1年と言えるのだろう。

写真(左)=実家の茶の間の玄関に掲示する「新年のお祝い」をお当番チームの高見久美子さんが書き上げ、皆さんに披露した(12月22日)(右)=その書の裏側には来年への願いが書かれていた

<子どもたち遊びにやってきたよ>

年内最後の運営日、27日(月)の実家の茶の間は賑やかだった。12月に2回に分けて総合学習の一環で訪れた江南小学校4年生の有志9人が、冬休みを利用して自主的に遊びにやってきたのだ。午前中からやってきた9人は、みんなと一緒にお昼を食べ、仲間と遊び、利用者の皆さんとも交歓した。「日常が、また一歩戻ってきました。子どもたちがくると、利用者の方も元気になるから―。年内最後の日を子どもたちが盛り上げてくれました」と、運営委員会代表の河田珪子さんは笑顔を広げる。

写真=12月22日に授業の一環で実家の茶の間を訪れた江南小の子どもたちと河田珪子さん(左端)。27日には自主的に9人が遊びにきた

<SCさんもやってきた>

この日は子どもたちのほかにもいろんな人がやってきた。地域包括ケアの推進役、生活支援コーディネーター(SC)も北区と中央区から顔を出した。話題は「国際長寿センター」などが12月中旬に開いた「第2回生活支援コーディネーターカフェ・WEBセミナー」だった。全国から千人を超すSCが参加したとのことで、中央区の地区担当SC・滝澤清香さんもWEBで参加した。SCには2025年の地域包括ケア構築目標年度に向けて、助け合いを促す気風を地域の協議体と共に育てる大きな役割が与えられている。

「でも、セミナーでは『もっと企業や福祉事業体に頑張ってもらうべきだ。困っている方のためになることを、どんどんやってもらった方が良い』的な発言が随分ありました。例えば、『スーパーは、買い物をするお年寄りは支払いでまごつくのが分かっているのだから、そういう方を対象にしたスロー・レジを1列用意しよう』とかです。『協議体を活用しての助け合いは悠長だ。まだるっこしい』という雰囲気も感じました」と滝澤さんはセミナーの様子を河田さんに報告すると共に、助言を求めていた。

河田さんは、国際長寿センターとは以前からつながりがあり、センターのメンバーは実家の茶の間の賛助会員ともなっている。WEB会議開催の背景などの情報も得ていた。河田さんはそれでも注意深く話を聞きながら、「2025年が近づいてきて、みんな焦ってきています。そういう意見も出るでしょうね。企業や事業体が困りごとを抱えている方のために動くのは良いことですよね。多くの方にとって、助かる選択肢が増えるわけですから―。スーパーの事例も、買い物に行ける方にとっては、それで助かると思う。でも買い物、行けない方もいますよね。そういう方をどうするか…。やっぱり地域の助け合いは必要です。これは、世の中がどう動こうが、変わらないわよね」と河田さんは語りかけた。

<「ごちゃまぜネット」の記憶>

河田さんがWEB会議での「企業や事業体にももっと頑張ってもらうべき」との発言に直ちに賛意を示したのは、以前から「(企業や事業体など)すべての社会資源が持てる力を出し合って、連携し、高齢社会を進んでいくべき」と考え、行動していたからだ。介護保険が発足する2000年には、福祉からまちづくりまで、幅広い団体・有志の情報共有の場として「ごちゃまぜネット」を創設した。年1回開かれた、その集まりには多くの志ある団体・有志が集まり、大変に熱量の大きい会合となったことから、「一種、社会現象的な集い」とマスコミから注目された。

「介護保険があれば大丈夫」ではなく、「あらゆる社会資源が、それぞれの立場で持てる力を最大限発揮することで、困っている方を救う選択肢は増えていく。その中で、私たち住民は、失われていく家族機能や地域の支え合い機能を担っていく」との気持ちが「ごちゃまぜネット」を生んだ。その気持ちは今もまったく変わっていない。

写真=新年のカレー昼食の告知と、27日の実家の茶の間の様子。運営が終わった後はみんなで大掃除

<助け合いのこれからは…?>

コープにいがたの「くらしの助け合い たんぽぽの会」の杉山久美子代表も午後2時過ぎに顔を出した。杉山さんは「たんぽぽの会」の活動に長く従事しながら、河田さんたちの取り組みに共感し、実家の茶の間のお当番さんも定期的に務めている。コープにいがたは来年3月、コープクルコと合併(組織統合)することになり、さまざまな調整・引き継ぎが続けられていた。「たんぽぽの会」も、クルコの助け合いの会「コスモスの会」と一緒になることが決まっている。名称も「コープデリにいがた くらしの助け合いの会」と変更になる。杉山さんも、その大きな渦の中で調整役を務めていたのだろう。河田さんが「組織統合となると、大変なことが山ほどあったでしょう。苦労したわよね」と杉山さんをねぎらうと、「そりゃあ、違う組織が1つになるんですから…。やっぱり大変でした」と杉山さんは苦笑しながら応じた。

「そういう時に大切なのは、『自分たちの活動の大目標が何だったのか』―これを絶対に忘れないことですよね」と河田さんはアドバイス。杉山さんは「そうですよね。たんぽぽの会もコスモスの会も、『住み慣れた地域で、いつまでも暮らしていけるように』と、くらしの助け合いを続けてきたんですから。大きな目標は一緒ですものね」と反応し、「やっぱり、年内にここにきて良かった」と笑みを広げた。

<青空記者の目>

 実家の茶の間の年内最終日は、いつもと同じようにゆったりと時が流れていた。しかし、河田さんの周りでは、1時間ほどの間でも、こんな大切なテーマが話し合われていたのだ。国は、2025年までに地域包括ケアを構築することにしているが、新型コロナウイルスの感染影響もあって、先行きの不透明感は一層強まっている。「生活支援」と「介護予防」を一線で担当する基礎自治体も、確かな設計図やタイムスケジュールを描けない状態だ。特に「生活支援」の中で重要な部分を占める「地域の助け合い」については設計図どころか、大まかな道筋も見えていない。コロナ前までは、実家の茶の間を拠点(事務局)にした「歩いて15分以内の有償の助け合い」である「お互いさま・新潟」が最もそのモデルに近いと思われていた。そのこともあって全国から視察・研修が引きも切らない状態だったのだが、それもコロナ禍で休止せざるを得なかった。

 しかし、河田チームは「ぶれず・ひるまず」、「いま、できること、やれることを、着実にやっていこう」との姿勢で進んでいるように見える。「滝澤さんからセミナーの話を具体的に聞いて、『これから、また色々な動きが出てくるだろう』と感じました。でも、地域の茶の間や、そこを活用した地域の助け合いは大切です。家族機能や地域の支え合い機能がさらに失われていくこれからの時代、絶対に必要なことです。それは、ずっと変わらない」と河田さんはこの日、改めて語った。この年末、河田さんから同じニュアンスの言葉を何回か聞いた。「世の中がどう動いても、それに左右されず、住民主体でできることを一つひとつしっかりやっていく―。それで良いんじゃないでしょうか」と。

 実家の茶の間に福祉関係者らが次々と顔を出すのは、河田チームがこれまで積み上げてきた様々なノウハウに学びたい、との気持ちからであることはもちろんだ。しかし、それ以上に、困った時に、「助けて!といえる自分をつくる! 助けて!と言い合える地域をつくる!」との原点を大切にし、ぶれずに活動してきた河田スピリットに触れたいからなのではないか―。今年の運営最終日、そんなことを感じる一日となった。

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