*「実家の茶の間・紫竹」再開*(7)
―廊下も活用して、
20人以上がゆったりと―
2020年6月15日
「実家の茶の間・紫竹」が再開されて3週目に入った6月15日午後。茶の間は、さらに日常のたたずまいを取り戻してきた。大広間では各テーブルに2人以内。「密」にならないよう、常連の男性陣が廊下にさりげなく椅子を出して座っている。人数を数えてみると23人ほど。これまでで最も多い方が、ゆったりとした時を過ごしていた。
<「新たな日常」はマスクづくり>
コロナ禍に見舞われるまでは、オセロやビー玉ゲームに興じる人の姿が目立った実家の茶の間だったが、いまはマスクづくりにいそしむ方が増えている。生地や針仕事の道具を当番さんたちが用意して、つくったマスクは実家の茶の間に寄付。利用者に1枚100円でお分けし、茶の間の運営費用に役立てている。もっとも、中にはマスク代としてお札を入れていく人もいて、結構、茶の間の運営に役立っているようだ。
<「見学に行きたい」佐渡から要望>
「実家の茶の間・紫竹」が再開してから、「どうやって再開させたのか。聞かせてほしい」との問い合わせや、「再開して、どんな様子なのか。見学させてほしい」などの要望が寄せられている。実家の茶の間運営委員会代表の河田珪子さん(76)は、電話での問い合わせには親切に応じているが、視察・見学は当分お断りしていくつもりだ。それでも、熱心なお願いもある。「佐渡の民生委員の方たちが『短時間でいいから、雰囲気を感じたいので見学させて』と言ってきたので、『9月になって、1時間ちょっとでよければお出で下さい』とお返事しました」と河田さん。とりあえず9月上旬に予定を入れた。さわやか福祉財団からも茶の間再開について尋ねる電話取材もきた。やはり、実家の茶の間の再開は全国から注目されているのだ。
写真=「実家の茶の間・紫竹」の掲示板。久しぶりに、視察の貼りだしが目に付いた。佐渡からだ
「新潟県内をはじめ全国でも、茶の間などの居場所がなかなか再開できないでいる。それで、あちこちから問い合わせがきています。それだけに、ここをしっかりと再開して軌道に乗せる意味は大きいと思う」と河田さんは、自らの実践の意味の重みを噛みしめている。
<「俺の実家」 笠井さんがやってきた>
そんな時、常連組の笠井三男さんが顔を見せた。実家の茶の間再開に当たって、「ここは俺の実家。実家はなくせないし、なくなるはずがない」と言って、河田さんを励ました一人だ。「笠井さんが、ああ言ってくれたから、こうして再開できたんですよ」と河田さんが言うと、笠井さんは「いやぁ、俺はいつも思っていたことを言っただけですよ。だって、ここは俺の実家だもの」と応じた。写真=笠井三男さんと話をする河田珪子さん
3週目に入り、お昼を持ってきて茶の間で食べる人も出てきた。もちろん、お互いの距離をたっぷりと取って、食事中は会話も控えめだ。「やっぱり、お昼にいったん家に帰るのが負担な方もいらっしゃる。お昼を食べて午後もいらっしゃる方も利用料は200円で結構ですし、いったん引き上げて午後にまた来られる方も200円でいいんですよ」と河田さんは利用者に語り掛けていた。
<青空記者の目>
「大勢いらっしゃって、大広間が密になったらどうする」―これが再開に当たっての課題の一つだった。しかし、再開が軌道に乗り、利用者が増えてきても「新しい日常」の秩序は守られている。その緩衝材になっているのが、常連組とお当番さんたちだ。後から来た方にさりげなく席を譲り、植木の水やりなどの外仕事に取り掛かったり、廊下に置いた椅子に席を移したりして調整している。そんな、さりげない優しさが実家の茶の間の再開を可能にしているのだ。
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