「実家の茶の間」新たな出発3

地域の茶の間

*「実家の茶の間」 新たな出発(3)*

<「当番研修」を終えて 決断の時①>

―1歩前へ 「7月からお昼を再開」―

―「コロナ前に戻していく 大事な時ね」―

<「お待たせしました」 玄関に貼り紙>

6月16日(水曜日)、新潟市の「地域包括ケア推進モデルハウス」第一号である「実家の茶の間・紫竹」を訪れた人は、玄関の貼り紙を見て、皆がびっくりした。そこには「お待たせしました。7月5日(月)から 具だくさんのみそ汁を中心にした 食事が始まります 参加費¥300 食事代¥300 運営は10時から16時までに変わります」と書かれていた。「楽しみのお昼が、またみんなと食べられるようになる」「夕方も4時まで開けてくれて…。これで、コロナ前と同じに茶の間を楽しめる」などと語り合いながら、参加者は笑顔を広げた。

写真は(左から)「実家の茶の間」の座敷に掲出された「7月から食事再開」を知らせる貼り紙。同じく玄関の貼り紙。その隣には、「再開1周年」を地域に感謝する貼り紙も貼られていた

<コロナ禍の影響、お昼の提供は中止>

実家の茶の間は新型コロナウイルス感染の影響で、昨年(2020年)2月末にいったん活動を休止。3か月後の6月、安全・衛生面に気を配って慎重に再開したものの、運営は午前10時から正午までと午後1時から3時までに縮小し、参加費は300円から200円に値下げせざるを得なかった。実家の茶の間運営委員会代表の河田珪子さんらの苦渋の判断で、みんなが楽しみにしていた「具だくさん」のみそ汁を中心にした昼食の提供も休止とした。参加者は午前で帰ったり、お昼休みに一度家に戻って午後から出直したりしていた。その後、参加者の声も聞き、希望者は自前で調達したお弁当などでお昼を食べられるように配慮した。その後は午前から午後3時の終了時まで、ずっと茶の間で過ごす方が多くなっている。

しかし、茶の間でお昼提供を再開することは難しかった。コロナ後で昼食を提供したのは、開業6周年の記念日となる昨年10月、カレー昼食を皆さんにお出しした1回だけだった。それも衛生面に配慮して「お替わりなし」とした上、正午からと12時半からの2部制でカレーを味わってもらった。その後も河田さんたちは「昼食提供」の機会を探ってきたが、コロナ禍の広がりの前に実現していなかった。

<「今の状態にとどまって良いのか」>

「いつ食事再開を当番さんたちと相談するか」―河田さんはずっと悩んでいたように思う。5月下旬に「令和3年 当番研修」を開き、当番さんたち自らが実家の茶の間の自己評価をした。当番さんらは「実家の茶の間が地域包括ケア推進のモデルハウスである」との位置づけを胸に刻み、その大きな目標に向けて進んで行く気持ちであることが確認された。では、大きな目標に向けて、どうステップを踏んでいけば良いのか―「それにはまず、実家の茶の間をコロナ前の姿に戻していくことですよね。参加者が楽しみにしているお昼のお味噌汁を復活し、活動時間を以前の午後4時まで延ばす。炎天下の午後3時にお年寄りからお帰りいただくのは心苦しいですから」と河田さん。「この形にできれば、参加費・食事代はコロナ前のものに戻ります。参加費を200円から300円に増額いただく負担感を少しでも減らすため、以前に出していた実家の茶の間の回数利用券(1回利用券6枚で1500円)も復活させなければ」と河田さんは考えてきた。

実はこの回数利用券、「助け合い」にも活用されていた。実家の茶の間の利用者同士、ちょっとした買い物とか、病院への付き添いなどの頼み事をする時、ワンコイン替わりに回数券をお渡しする。頼まれた側は回数券をいただき、それを茶の間の利用券として使うシステムがコロナ前にはかなり広がっていた。「昼食の提供」「午後4時までの活動時間」「回数利用券」―この3つが復活すれば、実家の茶の間はコロナ前の姿に大きく近づくことになるのだ。

<お昼休みに参加者の声を聞く>

河田さんは、自らの思いが独り善がりになっていないかを確認するため、お昼休みなどに参加者の声を聞き始めていた。コンビニ弁当などを食べながら、「これでお汁があればねえ」とか、「あの具だくさんのみそ汁が懐かしいね」などと、参加された方はてんでんに話をし、皆が茶の間のお昼の復活を待ち望んでいた。それでも一方では、「万が一、お昼を出してコロナ感染につながったらどうしよう」「もう少し待って、ワクチンが普及してからでも遅くないか」との気持ちも湧いてくる。「お昼の復活」―それはずっと河田さんの頭にありながら、当番研修の時にも言い出すことを躊躇していた言葉だった。

<「コロナを口実にしていないか?」>

河田さんはその頃の心境をこう語る。「変な言い方ですが、『コロナを口実に今の状態にとどまっているんじゃないでしょうね』と自分に問いかけていました。それと反対に、『コロナを怖がってばかりじゃダメ』という気持ちも間違いなくあった。昨年10月、6周年を記念してカレー昼食をつくった時は『そろそろ、お昼どうかしらね』と、みんなにささやいているうち、自然と食事会をやる雰囲気が出てきました。それで心を決め、いつもの3倍くらい念入りに対策を取って支度をして、無事にカレー昼食を終えることができました。貴重な経験です。その時に、東京から映像取材チームがきて、あちらもPCR検査とか、入念に安全対策をやって、一歩踏み込んできてくれたことも忘れられない思い出です」

<当番さんに食事再開を相談>

迷っていた河田さんが意を決したのは、14日(月)のお昼前だった。「とにかく、当番さんたちに相談してみよう」―そう決めて、当番グループのまとめ役にまずささやいてみた。「河田さんから話を聞いて、『おっ、やっと来たか』、という思いと、『まだ早いかね』という戸惑い。両方ありましたね、でも、お昼を出せば参加されている方が喜ぶのは間違いない。みんなでやろう!そう、思いました」と会計役の藤間優子さん(73)は言う。当番さんの組み合わせをつくる長島美智子さん(69)は「河田さんが参加者の方にお昼のことを個別に聞いていたので、そろそろかな、と思っていました。皆さんに聞いても、反対の声はありませんでした」と平静に受け止めた。渡部明美さん(60)も「はい、あっと言う間でした。14日に決めて、すぐ貼り紙ですから。すごいですよね、ここは」と笑いながら振り返った。

写真=7月から「食事再開」を決めた後の「実家の茶の間」の様子。この日は保健師さんによる健康指導が行われていた(6月21日)

「7月から食事再開」―直ちに方向は決まった。次いで、午後4時までの運営時間延長と、利用回数券を発行することも決まっていく。河田さんは肩の力が抜けるような感じがした。「なぁんだ、私が一番ふらふらしていたのか。みんな、元に戻す覚悟を決めていてくれたんですね」と河田さんは苦笑する。こうして、16日には「食事再開」の貼り紙が玄関と部屋の中に貼り出された。実家の茶の間は、また一歩、大きな歩みを踏み出した。

<青空記者の目>

 コロナ禍は各地の「地域の茶の間」運営に深刻な影響を与え、今も休止している茶の間も少なくない。一方で、実家の茶の間の衛生管理ノウハウなどを参考にし、再開に漕ぎつけた地域の茶の間も多い。「実家の茶の間は、昨年2月末にいち早く自主的に休止を決め、3カ月後には協働事業者の新潟市と相談の上、衛生管理を徹底して活動を再開した。さまざまな面で、実家の茶の間は全国の『居場所』のモデルになっている」と福祉関係者は指摘する。この1年でも地域包括ケアを担当する厚労省や、包括ケアを支援する「さわやか福祉財団」などが実家の茶の間をコロナ禍の中での活動モデルとして紹介してきた。そのことは河田さんらの励みになり、その使命感はより強くなったように思うが、その一方、「全国モデル」の重圧は想像以上に大きかったのではないか。

 その重圧感を河田チームは見事にはねのけ、今回、「地域包括ケア推進モデルハウス」として大きな方向性を打ち出した。7月の「食事再開」に向けて河田チームの歩みが続く。

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