にいがた 「食と農の明日」7

まちづくり

*にいがた 「食と農の明日」(7)*

<ウィズコロナ時代 亀田郷の今②>

 ―「土地利用型」の麦と大豆に活路を―

―「所得上げねば、農家なくなりますて」―

<杉本流「農家所得倍増計画」>

野菜・果樹など園芸産地づくりの必要性は認めながらも、「低平地で、しかも耕地面積の大きい亀田郷では、園芸への転換には限度がある」と亀田郷土地改良区理事長の杉本克己理事長は言う。しかし、一方では「コメ余り」が進み、「米価下落」が続く。この苦境を乗り越える術はないのか。

写真=麦・大豆への大胆な転換を訴える資料作りに取り掛かっている亀田郷土地改良区の杉本克己理事長

「こんなものを書いてみました」。杉本理事長は4枚のペーパーを差し出した。そこには低所得にあえぐ農家の現状と、コメづくりの規模拡大だけでは所得が上がりにくい見通しを踏まえ、「日本の農業の自給力を向上させて農家所得を上げる道」が書き込まれていた。「やっぱり、麦と大豆を増やすしかないと思うんですよ。麦・大豆は、コメと同じ土地利用型の作物ですが、これまで日本ではコメだけが重要視されて、麦・大豆は転作用の作物としか見られていない。この考えを大転換すべきだと考えました」と杉本理事長。ペーパーには「来年度のコメの必要量は690万トン。小麦の輸入量は483万トン。大豆の輸入量は418万トン」との数字が示されている。「今や、コメの作付面積は水田の半分にまで減ってしまった。私は、コメを作っていない田んぼのすべてで、麦・大豆を作れば良い、と考えています。どうすれば、そんなことができるのか?ですか。収穫した麦・大豆から得られる所得を、コメ並みに国から補てんしてもらえば良い。そうすれば、農業所得は2倍になります。それで農業所得は、やっと他産業並みになります」と杉本理事長は言う。

<必要となる予算は3000億円規模>

「えっ、そんなことができるんでしょうか?大変な、ばらまきになりません?」。ペーパーを見て驚く記者を尻目に、杉本理事長は「一応の試算はしてあります」と言い、次のような数字を示した。「必要となる予算は、大雑把に言って3000億円台。その根拠は、全国のコメの総売上高が1兆8千億円で、所得率を20%とすると3千6百億円になります。これが全国の農家のコメ所得となる。だから、新たに麦・大豆に補てんする額も3千6百億円ということになる。既に麦・大豆栽培に支援している補助金などもあるから、それを差し引きますから3千億円規模になるでしょうか。粗い試算ですが3000億円台の補てんで、コメの生産調整に翻弄されてきた日本の農政は大転換できる。そう思うんですがね」と杉本理事長は数字の根拠を示した。ちなみに現在転作などでコメを作っていない農地100万㌶に半分ずつ小麦と大豆を作った場合の生産量は、小麦が200万トン(輸入量の4割程度)、大豆が125万トン(輸入量の3割程度)になるという。

<ペーパーへの反応を確認中>

「ごくごく、粗い試算です。まだ、このまま外に出せる代物ではないんですよ」と断りながら、杉本理事長はそのペーパーを農業関係者や研究者に見てもらい、反応を確かめ始めている。「JAの組合長や組合長経験者に見せると、『杉本さん、これらて。この方向らて』ともろ手を挙げて賛同してくれました。一方で、ある研究者の方には『この資料はいい。面白い。でも必ず反論がきますよ。今でも麦・大豆には手厚い支援を出しているんだから、それで良いんじゃないの、と言われる。その時、どう答えるのか。そこを理論武装しておかないとね』って言われました」と、杉本理事長は反応の一部について紹介してくれた。

一方では、新型コロナウイルスの感染拡大で、マスクをはじめ多くの医療機器を外国産に頼っている日本の弱点が浮き彫りになった。食料自給率も37~38%と低迷し、先進国の中でも日本は最低レベルにある。「感染症が今後も心配される中、食料を輸入に頼っていていいのか」との声も出ている。「大豆の自給率なんか5%ですよ。それしか作っていない。面積当たりの収量も低いんで、麦・大豆の品種改良を本格的にやって、大規模に作れば日本の食料自給率は飛躍的に上がりますよ」と杉本理事長の言葉に熱がこもった。今、新潟農業はコメの一輪車状態だ。「園芸に転換を図っても、亀田郷では補助輪にもならない」との気持ちは強い。「でも、麦と大豆でコメ並みの所得が得られれば、亀田郷の農業は『三輪車』になる」と言うのだ。

<「1人30㌶やる時代がくる」>

杉本理事長が「日本の農業大転換」のペーパーまでつくることになったのは、「亀田郷の農業が瀬戸際に追い込まれている」と考えているからだ。杉本理事長は、亀田郷地域内のさまざまなデータを集めている。「俺が工区長をしていた亀田工区には田んぼが600㌶あるんですよ。まちなか寄りを除くと400㌶になる。そこで数年先まで農業やっている人間がどのくらいいるか。調べてみたんですよ。12人か、甘く見てせいぜい15人ぐらいしかいない。残ったその人数で田んぼやるとすると、1人で30㌶やらんきゃねぇ。『俺は今ぐらいの規模でいい』と言う人も出てくるから、1人50㌶くらいやってくれる人もいないと亀田工区の農業は続かない。1人30㌶以上。もうすぐ、そうなるんです」。杉本理事長は明日の現実を語った。

<青空記者の目>

 「コメ農家の所得上げなきゃ、もうじき農家やる人いなくなりますて」と杉本理事長は危機感を露わにする。その一方で「でも、農村は結構のどかです。気分的には豊かですよ、今はね」とも言う。「30~50㌶、1人でやる世界がくることは間違いないんですけどね。のんびりしている。数年先まで考える人が少ないんですよ。『そのうち国が何か、考えるわね』という気分ですかね」とも、つぶやく。「コメの一輪車」である新潟県農業。「このままではダメだ」と多くの人が思っている。しかし、園芸への転換は遅れ、新たな産地づくりの道は遠い。

そこで出てきたのが麦・大豆を加えた「三輪車農業」への転換だ。亀田郷土地改良区のペーパーが、「正鵠を射た指摘」なのか、「ばらまきにつながる暴論」なのか、記者には判断できない。杉本理事長も「まだ、しっかりと理論武装できていない。研究者や農水省の役人の知恵を入れてから、世に問いたい」との考えだ。今後、さまざまな場で議論し、深めてほしい。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました