にいがた 「食と農の明日」27

まちづくり

*にいがた 「食と農の明日」(27)*

<渡辺好明・新潟食料農業大学学長に聞く③>

<新潟のコメ農業に未来はあるか②>

―「Farm To Fork」の本場が新潟―

―「関係人口」を増やす努力こそ重要―

―「新潟の水田の底力はすごい」とのお話しをいただく一方、「今のまま放っておいてはダメ」とのご指摘もいただきました。これから新潟が取り組むべきことは、コメだけでなく、水田の持つ可能性を追求していくことですか。

渡辺 良質米競争だけでなく、多収穫・中流のコメも作っていく。その一方で水田の汎用性を高めて、他の作物に転換して作付けを変えていくことができれば、すごい。ただ、園芸転換といっても少量のものを出したって市場は受けてくれません。だから産地化するためには基盤整備が絶対必要です。安定供給でなければ市場は受け取りませんから。

写真=新潟食料農業大学の胎内キャンパスで実習する学生たち。明日の「食と農」を担う人材だ(胎内市平根台)

―産地化には、基盤整備に加えて売る工夫も必要です

<「宣伝下手なんて言える新潟は豊かだから」>

渡辺 宣伝下手なんて言っている

新潟県は、まだまだ豊かなんですよ。長野県の例で言うとリンドウは長野の県花なんですが、東北自動車道ができた途端、長野のリンドウは東京市場で岩手県に抜かれ、負けるんですよ。岩手の新鮮なリンドウが東京市場に入っていく。そこで長野県はどうしたか。「長野の市場は東京だけではない」と見切って、「名古屋、大阪に長野のリンドウを届けよう」と舵を切ったんです。これも競争と協調で進化していく実例だと思います。もう一つ長野の例ですが、朝、高原野菜のキャベツやレタスを収穫しトラックに積んで高速道に上がると、大都市に駐在している長野の調査員から連絡がいくんですよ。「東京市場は今いくらです」とね。名古屋や大阪からも情報がくる。「どうも東京市場は安くなりそうだ」「じゃあ、名古屋に回るか」とかね。そういう時代ですし、先ほど農家の新商品開発の話をしましたが、例えば高原レタスで有名な川上村では、これからの温暖化は避けられないことを前提に、「温暖化に強い品種はどれか」「いっそ二毛作ができないか」などと考え、調べ始めていますよ。

―川上村は信濃川の最上流地域なので、新潟市も信濃川つながりで付き合いがあります。あそこの藤原忠彦村長(当時)は全国町村会長もやった人ですが、10年ほど前、新潟がロシア極東にネットワークがあることを知ると、「ウラジオストクにレタスが出せないか」と村職員が新潟へ調査にきました。

<軽トラで情報取りに走る>

写真=新潟の「食と農」について語る新潟食料農業大学の渡辺好明学長と、胎内キャンパスの案内塔(右)

渡辺 それが競争と協調なんですね。私は東京の市街化区域の園芸農家さん何軒かにアドバイスしているんですけど、大市場の中で農業していることを優位性にしようと、「マーケットが何を欲しているか」を自分の軽トラで動き回って情報を取りながらやっています。昔のかつぎ屋のおばさんみたいにね。いま、流行ってきているイタリア野菜とかを栽培して、そういうものを何毛作かでやっていると、納税猶予を受けなくても東京の市街化区域で農業がやっていけます。新潟はチューリップの産地ですね。チューリップ産地だということは、世界で最も進んでいると言われるオランダと同じ農業ができるということです。チューリップ農家は世界から情報を取っている。

―確かに新潟のチューリップ農家や花卉農家は世界から情報を取っていますね。

渡辺 花産地があるのも新潟の大きな財産ですよ。

―それと、新潟市だって結構な人口があります。以前、新潟県と山形県との農業の比較の話になり、山形県は人口が少ないから東京などの大市場を目指さざるを得なかったが、新潟県はそれなりの人口があるので地域消費でやっていけたとの話を聞きました。モノによるんでしょうが、いきなり大市場に行かなくとも、新潟市場で頑張ることはどうですか。

渡辺 新潟県はこれだけの人口があるんですから、消費者や食品関係者がどういうモノを希望されているか、聞いて回るぐらいのことはやらなくては。肌で感じていくことは大変に重要です。やっぱりマーケットへのアプローチ、アクセスが大事なんで、その面で新潟は魚の方が賢明です。糸魚川は長野・松本市につながる糸松高規格道路を使って、糸魚川の新鮮な海産物を長野県の方に出そうとしていますね。

<新潟の食品産業は1兆円の力>

―食品関係者のお話がでましたが、新潟県は食品産業の力が大変に強いところです。以前、新聞記者をやっていたときに食品産業をテーマにして「7800億円の力こぶ」とのタイトルをつけました。

渡辺 関連したものを入れると、新潟県の食品産業は1兆円ぐらいの力があると思う。農業者にとってもすごい財産だし、新潟の大きな優位性の一つです。食品産業との協調も大事ですね。日本全体でのフードチェーンの規模は117兆円と言われています。「From Farm to Table」という言葉がありますが、「ファーム」のところでは9兆円規模ですが、これが117兆円まで広がるわけです。限りなき循環です。新潟は食品産業に加えて、世界に冠たる洋食器もあります。サミットだって燕の洋食器を使っているでしょう。

<「ぼーっと生きているんじゃない!」>―ノーベル賞の晩餐会でも燕の洋食器が使われています。ノーベルディナーの時ですね。

写真=フードチェーンの重要性を説明する渡辺学長の資料。「Farm to Fork」の文字が見える

渡辺 そうですね。すごいことです。「Know Farm・Know Table」という言葉もある。「農場を知ってテーブルを知ろう」との意味ですが、新潟がこれをやったらすごい。最近は「Farm To Table」を「Farm To Fork」と言い換えて使うことが多いんです。まさに新潟はフォーク、洋食器じゃないですか。「ファームからフォークまで」、すごいプレイヤーがいるし、テーブルを飾る花だって産地がある。新潟発のキーワードをつくったらどうでしょう。「Farm To Table、Farm To Forkでは、世界の本場が新潟だ」というような、すごいキーワードを。ただ、新潟はまだそこまで開かれていないかな…。私は以前、北海道の大学で教授を5年間やっていて、その時、函館の人によく言いました。「君ら、寝ているのか」「起きろよ!」ってね。今ならチコちゃんじゃないけど、「ぼーっと生きてるんじゃないよ!」と言うところですかね。

<日本の「食と農」、コロナで分かったこと>

―意識改革が必要だ、ということですね。これは新潟が一番噛みしめる必要がある言葉かもしれないですね。意識改革という意味では、新潟のみならず日本全体の意識改革のきっかけになりうるのがコロナ禍だと思います。「食と農」にコロナはどんな影響を与えるのでしょうか?

渡辺 コロナで、食料を海外、それも1つの国や特定の地域に依存していてはダメだ、ということがはっきりしました。「その食料は常に、安定的に手に入るか」を自問し、「供給・入手の安定性」から「国産・備蓄・輸入先多角化」という方向はFAO(国連食料農業機関)の「食料安全保障の原則」にも書かれています。南半球・北半球を何分の一かに分け、それをまた何ブロック化するイメージでしょうか。食料は「ただ安いから入れる」のではなく、「安定した輸入先を多元化する」ことが必要です。これは今回コロナ禍でマスクなどが入手困難になったことと同様ですね。

<若い人に強い田園志向>

―東京一極集中の「密状態」への警告にもなりました。

渡辺 地域社会との関係ですね。大学の授業でもそうなんですが、コロナが収まったら対面式に全面的に戻るかというと、そうではなく、対面式の良さとリモートの良さを加味してハイブリッド形式になっていくでしょう。医療インフラの面でもネット診療というものが出てくる。では、地域での暮らしはどうなるでしょう。僕は、農村地域の生活環境と情報環境をよくすれば、田園・田舎で暮らす人がぐっと増えてくると思う。今、若い人の田園回帰というか田園志向が強いですよね。国の調査では「農村に住んでみたい」という人が3割くらい、20代でみると4割くらいですよ。その先兵というわけじゃないですが、今、国の「地域おこし協力隊」が8千人近くになったと思います。その方たちの派遣先に残る率がすごく高い。6割ぐらいはその地域に定着しています。それも女性が多いそうです。生活環境が良ければ残るんですね。

<「地域おこし協力隊」の力>

―新潟市は、地域おこし協力隊の制度を使わなかったんですが、西蒲区や南区には入れれば良かったかな、と若干後悔しています。

渡辺 新潟市イコール都会のイメージがあるし、政令市になったのはとても良いことだけれど、新潟市といっても広いですからね。胎内キャンパスがある胎内市でも中条地域のまちなかと旧黒川村地域ではまったく違います。うちの大学が「地域に入っていく」との話をしましたが、その時は協力隊の方たちと一緒にやっているんです。やっぱり地域のことをよく知っていますから。「耕作放棄地になっているのは、あの方のとこ」とか、地域の情報をつかんでいる。

<「ポツンと一軒家」の真実>

―なるほど。田舎暮らしで言うと、渡辺さんはテレビの「ポツンと一軒家」をよく引き合いにされますね。

渡辺 あの番組に登場する方は、「代々住んでいる」「自分の実家だから戻った」という方と、「ここは良いところだから、越してきた」という方と、2つあるでしょう。日本は交通面では高速道と新幹線でいいところまできている。後は「生活環境と情報環境が良ければ人は住めるよ」と。外国でもそうじゃないですか。米国にいた時、中西部の田舎に一人で住んでいるおばあさんがいました。「不自由ではないですか?」と聞くと、「テレビのチャンネルは32もあるし、周りの人はいくら離れていても必要な時は助けにきてくれるから、不自由はない」と言う。おばあさんは「孤立」しているのではなく、「独立」しているんですね。

―記者時代、北欧3国を取材したんですが、ノルゥエーではフィーヨルドから山を見ると、ところどころに「ポツンと一軒家」がありました。現地の案内人に「あんな場所に家があるけど、ここでは過疎という言葉はないのか」と聞いたら、「そんな言葉はない」と。それと社会福祉が発達しているので、貯金する習慣もないそうでした。「過疎と貯金のことは聞いても無駄だ」と言われました。また、デンマークはスウエーデンと違ってバリアフリーが整備されていませんでしたが、車イスの方が段差に困っていたら、すぐに何人もが手助けして車いすを押し上げていました。

渡辺 なるほど。私のサンフランシスコでの体験なんですが、道を歩いていると車がすーっと止まり、乗っていたお年寄りが「後ろにあるツエを取ってください」と日本人の私に堂々と言う。「若い者が年寄りを助けるのは当たり前」だという感じなんです。だから、「地域の支え合い」なんですね。基本的には「自助」で余計なお節介はしないけれど、「ここは助けた方がいいかな」と思う時はやってきてくれる。それでもダメな場合は「公助」ということになる。

―「地域の支え合い」はやはり大事ですね。

<「関係人口」がキーワードに>

渡辺 そうですね。地域に必要なのは、助け合いの精神とリーダーですか。国の「食料農業農村基本計画」というものがあって、5年ごとに10年先を見通した計画をつくるんです。最新が令和2年度版です。ここでキーワードとして3つ挙げています。1つは「少子高齢化」、まぁ、当たり前ですかね。注目すべきは次の2つで「田園回帰」と「関係人口」です。若い人の田園回帰は先ほど触れましたが、いま日本では全体としての住居の数と住む人の数が合わなくなり、崩れ出している。田舎では空き家が一杯あります。そこで考えなければならないのは、単に「家があります」と言うのではなく、地方の居住環境を快適にしていくということ。あとは色々なレベルで仕事がなければなりません。それに努めれば、田園回帰は本物になっていく。そして、関係人口です。住民票を移して住み着くわけではないが村に時々来てくれる人や、かなりの期間滞在する人、年を取ったら出ていくけど村に関心を持って時々来てくれる人。みんな地域社会の仲間で、色々なレベルで仕事があり、地域の魅力や活力を発信する地域は、関係人口が増えてくる。この基本計画で「半農半X」の言葉が出てきました。ようやく言い出したか、の気持ちもありますが、これは大事なことです。「半農半X」というのは、突き詰めれば多業の世界ですよね。副業とは違う。いま、村に必要なのは専業農家の後継者というよりも、ムラづくりの中心となる兼業農家の後継者ではないでしょうか。

<コーディネーターが大事>

―一時は「兼業農家はいらない」との雰囲気が農政にはありました。

渡辺 でも、兼業農家や農業以外の人がいなければ地域は成り立たない。専業農家は農業だけで十分に忙しいでしょう。これからのムラづくりは、兼業でムラに通暁している人や、地域社会に住んでいる農家以外の人、例えば地域おこし協力隊もそうですが、こういう人たちが一緒になってやっていくんではないでしょうか。ムラづくりはコーディネーターが大事になるわけですが、若者は多業の世界が得意な人が多く、また、そういう人がコーディネーターにも向いています。

―新潟もこの変化に対応することが求められます。

渡辺 若い人に自由にやってもらったらどうですかね。マーケットへの反応だって、若い人の方が敏感だ。農業戦略特区の関係で色んな企業も新潟との関係をつくっているでしょう。

<新潟市は企業との関係も多彩>

写真=「農業特区」の規制緩和は活用していないものの、新潟市でアグリプロジェクトに取り組む企業群を紹介した新潟市の資料

―農業特区の規制緩和を活用した企業の農業参入はもちろんありがたいですが、ある面ではそれ以上にありがたいのが「どうせ農業をやるなら、戦略特区の新潟で」と、規制緩和を使わない企業が新潟との関係を深めてくれました。それはスマート農業やアグリテックの担い手になっています。そこにNAFUのような大学もできました。新潟をアグリテック・フードテックの拠点にしていってほしいですね。

<EUは有機農業面積を25%に>

渡辺 フードテックやスマート農業は大変に重要です。私たちも「食と農」「食と健康」を切り口に大きな役割を果たしていきたいと思っています。ただ、注意しなければならないのは、世の中のスピードが思ったより速いこと。イギリスがEUを抜けた後、ドイツとフランスがEUを束ねて、EUの農業を「環境と地域問題に変えていこう」という動きが加速しています。もちろん、EU各国との調整が必要ですが、来年あたりから大きく動く可能性があります。

―どんな方向ですか?

渡辺 象徴的なものが「有機農業の面積を全農地の25%にする」との目標をEUとして掲げようとの動きです。日本のカーボンニュートラルの目標は、世界から「日本は言うだけだね」と受け取られているけど、EUの目標は荒唐無稽のものじゃない。もう既にオーストリアは20%に達していますし、ドイツも10数%。オーストリア、ドイツ型をEUに広めようということで、化学肥料を使わない考えが普及しています。ドイツではクラインガルテン(ドイツ語で「小さな庭」。都市生活のために庭を持つことができない市民のためにつくられた農園の意で、日本では滞在型市民農園を指すことが多い)も広まっていて、それだけ市民に支持されています。日本の有機農業の農地面積は未だに1%ありませんから。日本で化学肥料を使わない考え方は、江戸時代に戻らないとダメですかね。そういう習性というか、基盤が今はありません。そんな大きな変化の中で、日本では重要な役割を果たすのがフードテックとかスマート農業でしょうね。

<食の新潟国際賞への助言>

―新潟も「日本の中で新潟がこうやっているから、全国でもできるんじゃないか」と言われるような取り組みを一つでも多く進めたいですね。最後にお伺いします。「食の新潟国際賞」も「食と農で世界に貢献したい」との新潟の志を表したものですが、何かアドバイスはありますか。

渡辺 佐野藤三郎賞のネーミングがあるわけですが、亀田郷土地改良区の理事長を長く務めた佐野さんのおやりになったことは、やっぱり「地域を良くしよう」という観点ですよね。だから、国際賞ももう少し技術的貢献だけでなく、「地域への貢献」の視点を強く打ち出しても良いと思っていました。昨年の大賞に選ばれた故中村哲医師の「ペシャワール会」は地域貢献に対する賞ですよね。その点で良かったと思います。国の農業賞の中には「コメ部門」とか「畑作部門」とかのほかに、「地域貢献部門」があります。「ひと・食・地域」―これは切り離すとバラバラになってしまう。まぁ、「地域」というのは新潟では「水田」と言っても良いでしょう。そういう意味で新潟は、もう一度「亀田郷」に戻るというんですかね。「ひと・食・水田」を一体として動いていく必要があるのでしょうか。

<新潟は「大器晩成」に>

―なるほど。亀田郷は縦割りではなかったですね。市町村の枠組みも超えていました。そんな亀田郷の取り組みの歴史があるわけだし、私に言わせれば「農業戦略特区のお陰」で新潟食料農業大学も生まれ、「地域とくらしに役立たないものは大学とは言わない」と実学を掲げてくれています。これは大変な新潟の財産になると思います。

写真=広大な水田が広がる新潟。新潟の農業を「大器晩成」にする努力が求められている(新潟食料農業大学のある胎内市で)

渡辺 地域社会にどんどん入っていきます。コロナはNAFUにとっても痛手だったけど、遅れは必ず取り返せます。私たちの大学を大いに活用していただきたい。新潟は「未完の大器」ではなく、「大器晩成」にしていきましょう。

―長時間お話をいただき、ありがとうございました。

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