*にいがた 「食と農の明日」(9)*
<ウィズコロナ時代 プロ農家の今②>
―コメ農家の生活障には売上1800万円必要―
―「1農家15㌶やれば生き残れる」―
<「米価を上げてくれ」とは言わない>
「コメ産業の未来?それはコメ生産者の生活が保障されることです。そうでしょう」と「木津みずほ生産組合」(新潟市江南区)代表の坪谷利之さんは、ずばりそう語る。その一方で、「私はもう、『米価を上げてくれ』とか、『せめて横ばいでお願いしたい』とか、言わないことにしたんです」とも言う。では、コメ生産者の生活を保障するためには、どうすれば良いのか。
坪谷さんは、その答えを書き込んだペーパーを示した。タイトルには「水田農業の生き残り」とある。そこには、こんな試算が書かれていた。「農家1戸の生活を支える年間所得を『600万円』と仮定すると、売り上げはその3倍の『1800万円』が必要となる。法人経営の場合、売上高は『構成員家族数』×『1800万円』となる」。これが基準数値だ。それを令和2年産の「JA系統出荷」価格に当てて、生活が保障される稲作作付規模を試算している。「新潟コシヒカリ」の概算金(仮渡金)が最も高く60㌔1万4000円だ。10㌃収量を60㌔9俵とすると12万6000円で、売り上げを1800万円にするには14・2㌶が必要だ。しかし、現実として新潟コシだけを十数㌶つくるのは刈取り作業が集中するなどで難しいため、新潟コシを10㌶(1260万円)として、残りは「こしいぶき」(60㌔1万1700円)を栽培することに仮定してみると4・6㌶で「ほぼ1800万円」に達する計算だ。合計は14・6㌶となる。法人経営の場合14・6㌶×構成員家族数だから、3家族の場合は「43・8㌶」の作付面積で売上高は「ほぼ5400万円」となる。
写真=自らがつくったペーパーを基に語る坪谷利之さん
「それだけの経営規模があれば、10㌃当たり12万円ぐらいの米価で食べていける。1家族なら15㌶程度やって、基幹作業機(トラクター、田植機、コンバイン)は1セット。規模拡大のメリットを活かすには、栽培品種を多品種構成にすることで50㌶くらいまでなら田植機は1台、トラクターとコンバインは各2台でやれます。それによって、コストを削減することができます」と坪谷さんは言い、コメ農業経営の「極意」を明らかにしてくれた。
<「なぜ主食用米だけつくるのか?」>
坪谷さんは、「新潟農園」の平野栄治さんらと情報を共有し、コメのプロ農家として存在感を発揮してきた。今回、坪谷さんが作成したペーパーも平野さんらと何度も話し合って作り上げたものだ。そんな二人から見ると、国が生産調整をやめた2018年からの3年間について、県内農家の主食用米への対応が納得できない。平野さんは言う。「主食用米の需要が毎年10万トン減っているのは、みんな分かっているはず。だから、我々は主食用米の作付けを前年比マイナスにしてきた。それも、おカネをもらわなくて減らしているわけじゃない。主食用米をつくる以上のものをもらって、減らしているんです。今なら10㌃当たり深掘りで4万5000円、加工用米で2万円が国からくるわけだから、1俵10万円しないコメつくったって、16万円以上になる。新潟コシを上回るじゃないですか。農業やっているということは、経営でしょ。おカネを稼ぐためにやっているはずなのに、主食用米ばっかり作っている。だから、新潟県は国からも奇異に見られているんだわね」
写真=「新潟県は主食用米に頼りり過ぎ」と語る平野栄治さん
<「行先のないコメがJAに集まる」>
全国組織である「JA全農」の高尾雅之常務理事は、昨年12月にマスコミのインタビューに答えて概略次のように語っている。「10月末現在、前年比で集荷収量105%に対し、販売数量は89%です。米価に先安感があって業者は集荷を手控え、行先のないコメがJAグループに集まってきている。需給環境を適正にするため、令和3年度では36万トンの主食用米を生産転換しなければなりませんが、これはJAグループだけでできることではなく、行政や関係者の支援も得ながらやらなければなりません」
JA全農も「行く先のないコメがJAグループに集まってきている」との認識は持っている。それなのに、なぜ主食用米からの転換が遅れたのだろうか。平野さんは言う。「私がコメの卸業者であれば、全農のコメは高いんだから、まず民間流通の安いコメから買っていく。安いコメがなくなったら、頼りになるのは全農のコメなんだから、全農のことも大切にして付き合ってきたんだろうけど、コメ余りの時は全農のコメが残ってしまうわね。今はその状態でしょ」
<全農にコメ出して「ハイ、終わり」>
農水省の官僚OBや研究者らもその見方を追認する。「全農も需給調整は必要との立場だが、JA単協への指導が甘い」「コメ農家や単協は、全農にコメを出してしまえば、『それで終わり』の気になってしまう。本当に売れているかどうかに関心がなく、『きっと売れている』で済ましてしまっている」―などの声が聞かれる。
「全農にいがた」についても「トップは需給調整しなければ、と言っている。それなら主食用米を増やしている単協に『あなたのところのコメはこれ以上いりません。それでも作るなら自分で売ってください』と言えば良い」「全農の職員に聞くと、『単協には肥料・資材を買ってもらっている。私たちが単協の組合長に、主食用米を減らして、などと大きなことは言えない』と言う。これもおかしな話ですよね」―など、体質面への疑問の声も挙がる。
「主食用米を増産して、相場を下げて、産地交付金も減らされている。でも交付金は減ってもゼロではない。そのカネを、主食用米を増やしたところも分けてもらっているのは、どう考えてもおかしい」との声も漏れている。
これらの不協和音を、今年度末までに、新潟県から消し去ることができるのだろうか。
<青空記者の目>
今回の小タイトルを「プロ農家の今」と名付けた。考えてみれば変なネーミングだ。農家は、規模の大小はあっても「みんなプロ」のはずだ。「しかし、コメ農家は収入の多くを他の稼ぎに依存し、片手間に農業をやっている」「売り先もJA頼みで、自分がつくったコメを自ら売る努力をしていない」―などの声が聞かれる。「丼勘定」との言葉を何人からも聞いた。そんなコメ農業の現状を踏まえて、敢えて「プロ農家」との言葉を使い、平野さんと坪谷さんに代表的な形で話を聞いた。二人は越後平野を代表する大規模コメ農家で、以前から存在は知っていた。より親しくなったのは、「桃米」など自然栽培米づくりで知られる大桃美代子さんから「新潟市内でコメづくりをしたい」と頼まれ、二人を紹介してからだ。最初は平野さん、今は坪谷さんが大桃さんのコメづくりを支援している。
二人から話を聞くたびに、マスコミなどでつくられている「暗い農業の明日」のイメージが消えていく。二人は、いつも明るく、元気で、前向きだ。坪谷さんが「まだまだ原稿の素案」と言うペーパー「水田農業の生き残り」には沢山の知恵が詰まっているように思えた。次回は、ペーパーの結論部分の話を中心に紹介する。
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