茶の間再開3

地域の茶の間

「実家の茶の間」再開3 

   
―「俺たちの実家が、また始まったよ」―

   ―6月1日から「実家の茶の間・紫竹」が再開された―

                     2020年6月1日 

新型コロナウイルスで多くの社会活動が休止せざるを得なかった5月が終わり、6月がスタートした。新潟県は6月1日から行動自粛要請を一部緩和し、「カラオケやスポーツジム等」もガイドラインを遵守の上、自粛要請が解除された。新潟市の地域包括ケア推進のモデルハウス第1号である「実家の茶の間・紫竹」(東区)も1日から活動再開に向けて新たなステップを踏む記念すべき日となった。写真=「実家の茶の間・紫竹」の玄関に貼りだされた、新しい「ご案内」

<「新兵器」も準備し、スタート>

 「実家の茶の間・紫竹」の運営委員会代表の河田珪子さん(76)をはじめ、この日の当番さんらが午前10時からの「施設開き」に備えて集まってきた。先週、話し合った再開に向けての約束事に沿って準備が進められる。これまで玄関に置かれていた利用者登録ノートはない。備えられたアルコール消毒で手を清めていると、「きょうからは、この参加票にお名前を書いてください」と、当番さんが声を掛けてくれた。大広間への入り口に参加票が用意されていた。日時、氏名、電話番号、居住する区を記入する欄の下に、「今朝、体温をはかりましたか。 はい いいえ   度」と「風邪症状があるなど体調がすぐれないことはありませんか。 はい いいえ」の記入項目があった。しかし、体温について記入する必要はなかった。「再開日」に合わせて、非接触型の体温計を河田さんが調達してきたのだ。「はい、当番さん。体温をお計りして」と河田さん。まだ、操作になれない当番さんが何度か計り直して、「はい、平温です」と入室のお許しが出た。

<衝立とフェースシールド>

写真=「新兵器」フェイスシールドをつけた佐藤高陽さん(左)と話し合う河田珪子さん(中央)、笠井三男さん

大広間には、当番さんのほかにご近所で常連さんでもある武田實さんや中央区二層の「支え合いのしくみづくり推進員」(国でいう「生活支援コーディネーター」)の佐藤高陽さんが顔を見せていた。特養職員でもある佐藤さんは、まず実家の茶の間に非接触型の体温計が準備されていたのに驚いた。「いま、これは品薄でなかなか手に入らない。再開日によく準備できましたね。さすが河田さんのネットワークだ」と言う佐藤さんに、河田さんは「ちょっと手を回してね。割と安く用意してもらったの」と軽く応じた。どうやら、河田さんが身銭を切って調達したようだ。


写真=再開初日に合わせて準備したフェースシールドをつける佐藤高陽さん(右)と、佐藤さんが用意した衝立を見る河田珪子さん。

河田さんの調達力にびっくりしていた佐藤さんだが、実は佐藤さんもこの日に備えて、衛生面での新兵器を用意していた。一つはフェースシールドだ。早速2個取り出して、1個を武田さんにつけてもらっている。「これは手作りです。材料費は100円もかかっていない。マスクが嫌いな方もいるし、夏はずっとマスクをしていると暑いから、使いたい人もいると思って持ってきました」と武田さんに説明している。もっとも武田さんの関心はフェースシールドよりも、もう一つ、佐藤さんが持参した衝立のほうにあるようだ。透明のアクリル板がはめてある高さ80センチほどのものだ。武田さんがテーブルに置いてみる。「これはいいね。先週までは、対面はできないだろうから大広間の利用者は14、15人といっていたけど、これがあれば向かい側にも座れる。30人近く入れるようになるかね。これは使える」と武田さん。こちらは知り合いの大工さんに頼んでつくってもらったそうで、「業者に頼めばン万円だけど、2、3千円でできるんじゃないですか。ここには、いつも色んな事を教えてもらっているから、きょうは真っ先に持ってきてみました」と佐藤さん。多くの人が「実家の茶の間・紫竹」の再開に向けて、できることを準備してきたのだ。

<「みんなが河田さんを見ている」>
佐藤さんはこれまでも実家の茶の間によく顔を出していた。それは「実家の茶の間・紫竹」が、新潟市内に500軒以上ある「地域の茶の間」のまさにモデルであるからだ。「私も特養職員として施設での介護のことはそれなりに分かっていますけど、居場所の立ち上げや運営はやっぱり河田さんチームが参考になる。みんなが河田さんを見ているんです」と佐藤さん。これまでも一層・二層にかかわらず新潟市の「支え合いのしくみづくり推進員」は、実家の茶の間を貴重な現場モデルと位置付けてきた。二層の推進員の何人かは「これまで、地域の人に『ここの茶の間はどうすれば再開できますか?』と聞かれても、誰も答えられませんでした。私たち二層の推進員の情報は、基本的に一層の推進員からのもの。それは、イコール市や区からの行政情報です。現場からの情報はなかなか手に入らない」と語っていた。現場主義の佐藤さんも、限られた情報の中で苦しんでいた。「だから私は、できるだけここに来て、河田さんのやったり考えたりしていることを聞いて、現場の情報を増やすようにしてきました。でも、役所には役所の役割があるんで、今回、茶の間再開のガイドラインを出してくれたのはよかった。そのガイドラインを河田さんは丸飲みするのではなく、それを踏まえたやり方をする、と聞いたので、今日もやってきました」と佐藤さん。

<「茶の間」は貴重な現場>
確かに、河田さんたちが疑問視した事前予約制はガイドラインンに盛り込まれなかったし、河田さんチームは市のガイドラインを逐一利用者に当てることはせずに、利用者の負担を小さくしよとしている。最低限の情報を書く参加表もその一つだ。「大変に参考になります」という佐藤さんの話を聞きながら、河田さんは「私たちは以前から、衛生面には人一倍気を配ってきました。市のガイドラインの基となったチェックリストが求めているものは、前からほとんどクリアしていました。ガイドライン通りやると、お年寄りは面倒で嫌がるし、それでここに来られる方が減るのでは本末転倒。だから、できるだけ簡略化したやりかたにして、その分、衛生面はより注意しています。携帯電話を違う方に引き継ぐ時は、いちいちアルコールで拭いて渡したりね」と言ってほほ笑んだ。この日は午後から新潟県の担当者も視察に来る。現場を持たない方にとって、実家の茶の間は貴重な存在なのだ。

<それぞれの役割を果たすお当番>
この間、3人のお当番さんはやり取りを聞きながら、それぞれの役割を果たしていた。一人はこれまでの利用者さんに「再開」を知らせる電話掛け。「お昼は当分出ません。午前は10時から正午までで、午後は1時から3時です。利用料はこれまでの300円ではなく、200円です。送り迎えは大丈夫ですか?」などと、利用される本人やご家族に伝えている。河田さんが「電話掛けは、家の方の助けを借りなければ外に出られない方、困っていらっしゃる方を優先してね」と念を押す。「これまでは朝10時にここへ送っていただけたら、午後4時までいてもらえた。お昼もみんなと一緒に食べてね。だから、家の方はその間の時間が自由に使えて、いろんなことができたわけでしょ。それが今度は朝来られた方も正午には帰ってもらわなければならない。家の方も、またすぐ迎えに来なければならなくなって、その分きつくなる」と河田さん。
もう一人の当番さんは金銭管理に余念がない。現在、利用回数チケットを回収中で、その額は7万円に達していた。「手元のおカネはまだ大丈夫です」と河田さんに報告。3人目の当番さんはマスクづくりに精を出している。手作りマスクを透明の袋に詰め、希望者に100円でお分けする。「これまでの利用料300円が200円に減って、利用者も以前よりは数を制限しなければなりません。地域の茶の間はどこも運営が大変になります。といって、行政に依存してはいられない。これまでのバザー販売や皆さんからの寄付がさらにありがたくなるね」と当番さんに語り掛けた。再開初日、河田さんは持続可能な道を探っていた。

写真=「実家の茶の間」のお当番さんは働き者ぞろい。今日も拭き掃除で衛生面に気を配る

【青空記者の目>
 「実家の茶の間・紫竹」には多くの福祉関係者が訪ねてくる。それは実家の茶の間が貴重な「現場」だからだ。「地域包括ケアシステム」の推進役である「生活支援コーディネーター(新潟市では「支え合いのしくみづくり推進員)」も、河田さんチームの実践を参考にしてきた。今回の茶の間の再開についても、「みんなが河田さんを見ている」のだ。もう少し、河田さんたちの動きを追ってみよう。

 

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